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パリ五輪「優勝した中国水泳選手に米国がドーピング疑惑」 否定する世界反ドーピング機構と米国が対立

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
パリ五輪 エッフェル塔(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 現地時間7月31日、パリ・五輪競泳で、19歳の中国人選手・藩展楽氏が男子100メートル自由形で46秒40で優勝し、今年2月にドーハで開催された世界選手権で自身が持つ46秒80の世界記録を更新した。

 すると米国が「そのような超人的記録が出せたのはドーピングのせいだ」と騒ぎ出した。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は「(米国の要求により)過度に多い尿検査を中国人選手にだけ要求しているが、それでも陽性結果は出ていない」と反発。すると米国アンチ・ドーピング機関(USADA)はWADAが嘘をついていると批判し、WADAへの資金提供をやめると反抗したので、WADAは「ならば今後の米国での五輪開催資格を奪う可能性がある」と大きな論議に発展している。

 詳細を見てみよう。

◆中国CCTV――米国のアンチ・ドーピング黙認と隠蔽の歴史

 8月9日、中共中央指導下の中央テレビ局CCTVは<偽善の背後―米国のアンチ・ドーピング黙認と隠蔽の歴史>という番組を特集した。報道によれば、現地時間8月7日夜、WADAが声明を発表し、「USADAは、WADAと自国のUSADAの規則を無視して、それが犯罪に当たることを知りながら長年にわたり故意に米国選手が競技参加のために薬物を摂取することを許可してきたことを明らかにした」とのこと。番組では、おおむね以下のような報道をしている。

 ●今年の中国水泳選手団の一人当たりの検査数は「米国の3倍以上」だ。WADAが、「中国選手団は薬物を摂取していなかった」という調査報告書を発表しても、米国はそれを否定した。

 ●米国の陸上競技選手エリヨン・ナイトンは、今年3月にステロイド(トレンボロン)検査で陽性反応が出たが、USADAは彼の陽性反応は汚染された肉を食べたことが原因であると主張し、同選手に出場停止を要求せず、ナイトンはパリ五輪でも米国代表として出場した。

 ●オリンピックにおける世界初の明らかな薬物乱用事件は、1904年にアメリカ人によってなされた。マラソンのヒックス選手がドーピングで金メダルを獲得した。

 ●米国は政府が直接行動を起こすことによって、アンチ・ドーピングの名の下に相手国の問題を見つけ出し、自国の選手が合法的に薬物を摂取できるよう、さまざまな手段を使い始めた。このため米国は特別に立法し、世界各地のドーピング問題に関して管轄権を持つとして、服従しない国に対して国境を越えた捜査を頻繁に実施し、世界中で逮捕者も出している(筆者注:これは2020年に米議会で制定されたドーピング取り締まり強化法である「ロトチェンコフ反ドーピング法」を指す。五輪や世界選手権など、米国の選手やスポンサー企業、放送局らが関わる国際大会でドーピング違反が判明した場合、最大で100万ドルの罰金や禁錮10年の刑罰を科すことが可能となる)。

 ●そのときもWADAは米国に従うことを望まなかったので、米国はWADAの資金を凍結する法案を進めた。

 ●早くも1977年には、米国大統領委員会は「米国スポーツ選手の薬物使用の後進性は国家制度の失敗である」と報告書に記している。

 ●数年前、ロシアのハッカーが世界アンチ・ドーピング機構のデータベースに侵入して明らかにした情報によると、2016年のリオ・オリンピック中に、米国の水泳チームのメンバーの70%以上、そして陸上チームの74%以上が、病気を理由に薬物使用の免除を受けていることがわかった。

 ●こと、ここに至るにおよび、WADAは米国の関連機関との決別を発表するだけでなく、国際オリンピック委員会も米国に対する立場を明確にし、もし米国がドーピング違反をし続けるなら、将来のオリンピック開催権を米国から剥奪する可能性もあると警告した(筆者注:今年8月7日、WADAは米国アンチ・ドーピング機関を非難する声明を出しており、国際オリンピック委員会法務委員長を務めるコーツ氏は今年7月24日、米国側がWADAを軽視して十分に尊重しない場合、契約を解除できると表明している)。

 ●米国オリンピック委員会の会長であるジーン・サイクスでさえ、嘘をつく米国の同委員会から公に距離を置いている。彼はWADAの決定を支持し賛同すると表明した(筆者注:7月26日のロイター電などが、その事実を報道している)。

 ●米国は 2028 年ロサンゼルス・オリンピックと 2034 年ソルトレークシティー冬季オリンピックの開催国だ。米国が世界アンチ・ドーピング機関および国際オリンピック委員会との対立が明らかになるにつれ、その対立はますます増大し、長年にわたりダブルスタンダードを抱えてきた米国の立場はさらに悪化している。(CCTV特別報道の概要は以上)

◆中国共産党機関紙「人民日報」電子版「人民網」の報道

 8月8日の「人民網」は<ドーピングを使って中国を中傷すれば、アメリカの政治的操作は、自国に屈辱をもたらすだけだ>と報道している。

 ●19歳の中国人選手・潘展楽で世界記録を更新したのを見て、米国は「このような成果は非人間的であり、ドーピングによってのみ達成できる」と主張し始めた。しかし潘展楽はドーピングテストにおいて全く問題がないことがWADAにより明らかになっている。米国は、自国選手が「非人間的」と見られるようなパフォーマンスを示した時には「ドーピングのせいだ」とは言わず、「まるで飛び魚のようだ」と絶賛するのみだ。米国はいつもダブルスタンダードを持っている。

 ●現地時間8月4日、パリ五輪の競泳競技の男子4×100mメドレーリレー決勝で、中国チームは再び金メダルを獲得し、1984年のロサンゼルス五輪以来、アメリカがこの種目において10回連続で持っていた「金メダル独占」に終止符を打った。この状況を見て、米国は再び激しく疑問を表明し、「中国チームの好成績はドーピングによってのみ達成できる」と主張し始めた。

 ●パリ五輪に出場する31人の中国人水泳選手は、年初から大会開始まで1人あたり平均21回の検査を受けており、他国の選手は大会前の同じ期間に3、4回しか検査を受けていない。パリに到着した後も、中国の水泳チームは頻繁にテストを受けた。フランスに到着してから10日以内に、すべての中国人選手はWADAによって約200回の検査を受け、各選手は1日平均5〜7回の検査を受け、最初の検査は午前6時に開始されることもあれば、最後の検査が真夜中に達することもあった。

 ●このような厳格な検査の結果、WADAは「中国の水泳選手に問題は見つからなかった」ことを認めた。しかしUSADAと一部の米国メディアは、WADAの誠実さと専門性に公然と疑問を呈し、WADAは米国側の意見に断固として反論し、米国がアンチ・ドーピング問題を政治化していると批判した。(人民網からの引用はここまで。)

◆イギリスのBBCは、どう報道しているのか?

 8月2日のBBCは<パリ五輪:なぜWADAが中国と米国の間に挟まれていると感じているのか>という見出しで、以下のように報道している。

 ●中国のトップ・スイマーが脚光を浴びると、米国は「WADAが中国人選手のドーピングを隠蔽した」と主張し、論争を引き起こした。

 ●パリに渡航した中国人水泳選手は、他の国の水泳選手の2倍の頻度で薬物検査を受けており、その結果、「薬物検査のために中国人選手の時間と体力を奪い、中国人選手を妨害しようという陰謀がうごめいている」という告発が巻き起こった。

 ●WADAは声明で、「超大国間の地政学的な緊張に巻き込まれるのを避ける必要がある」と述べた。

 ●WADAのメディア担当ディレクター、ジェームス・フィッツジェラルド氏は、「(米国の)一部の人々は、関与した選手が中国人であるという事実を利用して、単に政治的影響力を得たいだけだ」とBBCに語った。

 ●先週WADAは、「名誉毀損」の申し立てについて、USADAに対する法的措置を検討していると述べた。

 ●米国の議員たちも、WADAが中国の水泳選手に対するドーピング疑惑を適切に調査しなかったと非難している。彼らはホワイトハウスにWADAへの資金提供を削減する権限を与える法案を提出した。(BBCからの引用はここまで)

◆ウィットに富んだ中国ネットでの反応

 中国のネットでは「米国は自分が世界一でないと気が済まない。特に白人でない中国が勝つなんて、何としてでも潰してしまえという気持ちしかないんだよ」といった類の書き込みが多い中、ウィットに富んだ書き込みを見つけた。

 8月10日、「卢诗翰」さんがWeibo(ウェイボー)に以下のように書いている。

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 笑ってしまうよ。さあ、読解力を試す時が来たよ。

 潘展楽、記者会見の時間です。

 記 者:あなたは毎日何に忙しくしていますか?

 潘展楽:水を飲むことです。

 記 者:なぜですか?

 潘展楽:尿検査のためです。

 記 者:世界記録を破り、チャンピオンを勝ち取れたモチベーションは何でしたか?

 潘展楽:尿検査です。

 記 者:なぜですか?

 潘展楽:水を飲みすぎると、早くトイレに行くために慌てて泳ぐからです。

 記 者:まだ質問は終わってないのですが、あなたなぜここを離れようとするのですか?

 潘展楽:急いで尿検査をしなければならないからです。

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 8月7日、「内娱都知道瓜子火了」さんはweiboで、藩展楽は「米国の水泳チームのドーピング検査は年間20回だというのに、中国は1ヵ月に20回です。我が国の尿検査頻度を米国と同じにすべきです」と述べた。「みんなで藩展楽を守ろう!」とした上で、以下のような図表を貼っている。

出典:weibo
出典:weibo

 藩展楽が「尿検査の頻度を米国と同じにして欲しい」と訴えていると、長い取材動画の画面にネット民の書き込みが続く。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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