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台湾国民党惨敗――「民主」を買えなかったチャイナ・マネー

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

台湾国民党惨敗――「民主」を買えなかったチャイナ・マネー

11月29日、台湾で行われた統一地方選挙で、北京寄りの国民党が惨敗した。香港ではチャイナ・マネーが「民主」を買ってしまったが、台湾では通用しなかった。香港デモが「一国二制度」の危なさを示したことも一因だ。

◆北京寄りの馬英九政権と民意のギャップ

いま台湾に存在する国民党は、かつては大陸を支配していた「中華民国」の政権与党だった。1946年から本格化した蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる中国共産党との間で戦われた「国共内戦」に敗北し、1949年に台湾に逃れて台湾を統治。したがって本来は中国共産党の最大の敵であったはずだ。

その方針をトウ小平は変えた。

1979年1月1日、敵対勢力であったアメリカと外交関係を樹立した中国は、その同じ日に「台湾同胞に告ぐ書」を発表。今後は一切武力対立をせず、平和裏に統一問題を話し合っていこうではないかと宣言した。そして「抗日戦争」(日中戦争の中国側からの呼称)において「中華民国」時代の国民党にも功労があったと位置づけた(中国はそれまで、中国共産党軍だけが日本と戦い、国民党軍は日本に対し抗戦しなかったと、事実に反するプロパガンダを行ってきた)。

しかし「台湾同胞に告ぐ書」を発表して以来、「抗日戦争」に関する映画の中で国民党が日本軍と戦っている姿も描くようになり、「われわれは共に戦った仲間だ」という「同胞意識」をくすぐったのである。

さらに台湾経済が深く大陸に食い込み、大陸なしには成り立たないようにするために「中華人民共和国台湾同胞投資保護法」という優遇策を台商(台湾商人)に与えて、「以経促統」(経済交流を以て統一を促進する)政策を強化していった。

この政策にすっかり乗っかってしまったのは2008年に総統に当選した馬英九である。

2010年には大陸との自由貿易協定である「両岸経済協力枠組み協議(ECFA)」を締結し、2013年6月には「海峡両岸服務貿易協定」(サービス貿易協定、服貿)に調印して、台湾国民の反感を買った。

サービス貿易協定は、電子商取引や医療や旅行業あるいは出版界など、中台双方が多くの分野を相互に開放する取り決めだが、最大与党の民進党が「台湾の弱小産業に打撃を与える」として撤回を求めたのを機に、学生たちが2014年3月23日から立法院(国会)を占拠して「ヒマワリ革命」を起こしていた。

学生たちがサービス貿易協定に強く反対するのは、大陸が大々的に進出してくることによって、言論に関わる出版などのメディアを牛耳り、言論統制が遂行される可能性を恐れるからだ。また台湾経済がこれ以上、大陸経済に呑み込まれれば、香港と同じように中国大陸が「一国二制度」によって台湾を統一する危険性だってある。

学生を始め、多くの台湾人は「独立せず、統一せず」という現状維持を望んでいる。

筆者は2013年に台湾の若者たちの意識調査を独自に行ったが、「最も嫌いな国を3つ書いて下さい」という質問に対して、圧倒的多数が一番目に「中国大陸」と書いていた。

そこに加えて、今年の9月末から始まった香港行政長官の選挙方法に関して巻き起こった若者たちの雨傘デモの現状と推移を見て、多くの台湾人は「チャイナ・マネーに呑み込まれた場合に何が起きるか」をリアルタイムで目(ま)の当たりにした。

香港デモに関して本コラムで「チャイナ・マネーが民主を買う」と書いたが、台湾はそれを反面教師として教訓にしたはずである。

◆民進党に対して制定した「反国家分裂法」

台湾の二大政党の一つである民進党(民主進歩党)の一人であった陳水扁は、もともと小学校にも上がれないほどの貧乏な家庭に生まれたため、学業一筋で奨学金などを得ながら進学し、台湾大学法学部にトップの成績で入学した。卒業後、弁護士として活躍し、雑誌社の社長になったときは「100%の言論自由を!」をスローガンとして掲げた。

2000年の総統選で当選し、2008年まで「中華民国」の総統を務めた。

二期目の2004年の選挙では、台湾の民主選挙を実現させた李登輝の支持を得て、台湾独立色を強め、100万人におよぶ「台湾独立デモ」を成功させている。

そのため2005年3月14日、中国中央の全人代(全国人民代表大会)は、「反国家分裂法」(中国語では反分裂国家法)を制定し、いざとなったら、すなわち、台湾が独立しようとしたら、「武力行使も辞さない」と決定した。「台湾同胞に告ぐ書」からの、大きな方向転換であった。

その陳水扁の周辺では、2005年ころからスキャンダルが湧き始め、2008年の総統選挙で陳水扁が敗れ汚職などで逮捕されると、中国大陸の「国民党抱え込み政策」が加速し、馬英九総統の北京政府寄りを許す結果になったのである。あまりのスキャンダルにより、台湾人の民進党への信頼も揺らいでいった。

しかし、サービス貿易協定や香港デモなどにより、台湾人のアイデンティティを守ろうという民意の方が勝ち、今般の国民党の惨敗を招いたものとみなすことができる。

大陸の中央政府は、今度は民進党を取り込もうと動き始めているが、しかし国民党のようにはいかないだろう。またチャイナ・マネーで民主が買われた香港のようにもいかないはずだ。

もともと「一国二制度」は、台湾統一のために考えられた制度である。

だが、先般の香港デモが、「一国二制度」の実態を教えてくれた。

ただし、台湾が「独立」を叫び、仮に中国中央が「反国家分裂法」を発動した場合、現在の世界情勢の中で、果たしてアメリカが台湾側につくか否か(台湾を助けようとするか否か)は、はなはだ疑問だ。アメリカが動けば日本がそれに歩調を合わすだろう。

しかしウクライナ問題によってアメリカがロシア制裁を強化したために、中国とロシア(中露)の関係は非常に緊密になってしまった。

中国との国交正常化の際に、「一つの中国を認める」と誓ったアメリカと日本が、台湾独立のために「中露と日米」という戦いに挑戦することは考えにくい。

となれば、2016年の総統選で、仮に民進党から総統が出たとしても、台湾は独立を強く主張することなく、「中国大陸への統一は賛同しない」という、現状維持を続けていく以外に道はないだろう。

不確定要素はいろいろあるが、少なくとも、中国中央(北京)が動きにくくなったことは確かだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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