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「新・ガザからの報告」(9) (24年7月12日)ー停戦交渉の失敗はハマスの責任ー

土井敏邦ジャーナリスト
(食料配給を受ける少年/撮影・ガザ住民)

【またイスラエル軍による避難命令】

(Q・この1週間の動きを教えてください)

 この数日間、イスラエル軍はガザ市内への攻撃を強化しています。2週間の攻撃の後にいったん撤退しましたが、目撃者によれば、シュジャイーヤ地区の全ての家が破壊され、もう立っている家屋が全くなくなったということです。イスラエル軍は主なトンネルを破壊し、約150人の戦闘員を殺害しました。ハマスのシュジャイーヤ地区部隊の司令官もこの作戦で殺されました。一方、イスラエル軍は5人が殺され、30人が負傷したということです。

 ある調査員によれば、このシュジャイーヤ地区の作戦は、ハマスにとって大きな痛手となる戦闘でした。大きな数の人的な犠牲と大量の銃弾、兵器を失ったからです。イスラエル軍はハマス側を攻撃するとき、できるだけ大量の銃弾を奪います。ハマスの兵器と銃弾の数を減らすためにです。

 シュジャイーヤ地区の攻撃が終わると、イスラエル軍はリーフレットを投下しました。ガザ市街全体にです。ガザ市にまだ残っている住民はすぐにデイルバラ町またはザワイダ村に移動するように伝えていました。イスラエル軍や国際機関の推定では約 20万人がまだガザ市内で暮らしているとのことです。かつては80万人でしたが、60万人が南部へ避難しました。リーフレットは、残った20万人がガザ地区中部のデイルバラ町とザワイダ村に移動することを命じるものです。その後にイスラエル軍はガザ市内の多くの地区つまり南部、中心部、そして西部に対して大規模な地上侵攻を計画しているようです。大規模な部隊でシュジャイーヤ地区に対する攻撃以上の攻撃です。

(Q・ラファ市の状況はどうですか?)

 ラファでのイスラエル軍の作戦は進行中です。しかしその作戦はアメリカの圧力のためゆっくりで、決して早いスピードではありません。すでにラファ市の70~80%を占拠していましたが北西部、タル・スルタン地区にはイスラエル軍はまだ到達していません。

【食料配給所が急増】

(Q・人々の状況はどうですか?)

 2、3日前から、ガザ地区中部の状況がさらに悪化しています。イスラエル軍の命令によって、ガザ市内から20万人の住民が中部に避難してきて、人口がさらに増えたからです。危機的な状況です。元々、十分な空き地はなく、テントを建てるための十分な場所さえありません。さらにテントと食料、きれいな水も薬もないんです。だから人口の急増が状況をさらにひどいものにしています。

(Q・人びとの生活、水や食料はどうなっているのですか?)

 今、なぜガザ北部への食料配給が制限され、飢餓状態を生み出していたのか、その理由がわかってきた。イスラエル軍は北部の住民を中部に移動させるためだったのです。

 中部には、十分ではないが、まだ必要な食料があります。人びとはそれを手に入れるために、買わなければなりません。食料は手に入るけど、高価です。食料を買うためには金が必要です。その金を海外にいる親族に頼らなければなりません。子どもなど家族を養うために親戚から金を借りています。

 いい点は、食料配給所がたくさんできたことです。人道支援組織が食料配給所を設置しました。アラビア語で「タキヤ」、これは元々トルコ語で、共同体が食料を給付する場所のことです。そこでは豆入りご飯など無料で人びとに配給しています。住民はそこで調理された食べ物を手に入れることができます。

 数年前にネセイラート難民キャンプであなたと「タキヤ」を訪ねたことがありましたよね。当時は数が少なかったですが、今は数が増えました。デイルバラ町だけでもたくさんのタキヤがあります。人道支援プロジェクトです。これが始まったのは、避難民が食料不足、栄養不足で苦しみ、食料を買う金がない人のことが伝わったからです。しかしタキヤだけでは足りません。1日に1食です。たくさんの家族がいるところは、タキヤの食べ物だけでは足りません。8人家族でも2~3食しかもらえません。だから足りないけど、それでもないよりましです。

【蔓延する肝炎】

(Q・子どもたちはどうですか?)

 この戦争で最大の犠牲者は子どもたちです。多くが病気の感染に苦しんでいます。子どもは身体が脆弱で、抵抗力がありません。だから病気や感染症に苦しむことになります。

 今最も深刻なのは肝炎です。これが今子どもに最も深刻な病気です。不衛生な環境で、テントの中が感染している環境です。ゴミは収集されず、下水があらゆるところに流れ出て、それがテントを囲んでいます。1つのテントに10人前後が一緒に暮らしているので、1人が感染すると、他の人にすぐに拡がってしまいます。テントの混雑が感染を早めているのです。あらゆる汚染があり、さらに害虫、蛇、サソリの問題もあります。

 幸い私の子どもはいい状態です。長男に勉強を教えています。3年生の勉強ができなかったし、次の年も学校へ通えないでしょうから。家庭教師も雇っています。週に3日、私の家に来てもらっています。それでアラビア語で名前が書けるようになりました。英語のアルファベットを習い始めた。失った3年生の授業はとても基本的な勉強です。

(テント生活/撮影・ガザ住民)
(テント生活/撮影・ガザ住民)

【「停戦交渉の失敗はハマスの責任」】

(Q・今最も困難なことは何ですか?)

 一番深刻なのは、犯罪です。犯罪率がとても高いのです。私の地区の家々も盗難の被害を受けています。窃盗集団、ギャングによってです。だから眠らずに見張っています。

 先週、私の家では水タンクが盗まれました。1階にあったものです。夜、私たちが眠っている間に盗まれた。だから今、水を集めることができません。とても深刻な状態です。近隣の家も盗難の被害を受けました。

(Q・人びとは停戦交渉をどう見ていますか?)

 最近、イスラエルとハマスが停戦に向けてカタールのドーハ、エジプトのカイロなどで交渉を始めました。ガザの人びとはハマスがその提案を受け入れることを期待していますが、今回も失敗するでしょう。

 ハマスは肯定的な反応を示してはいません。いつも失敗に終わるのを見てきましたから。人々はテント暮らしのこの生活が終わることを待ち望んでいます。今よりいい生活を求めているのです。しかしハマスは提案を拒否し続け。人びとの希望を失わせます。

(Q・停戦交渉の失敗はどちらのせいだと人びとは見ていますか?)

 大多数の人はハマスを責めています。ハマスがこの戦争を始めたのだから、ハマスに責任があります。イスラエルが始めたのではなく、イスラエルはそれに反応したのです。論理的に、まだ道徳的にも、ハマスがその解決を見つけなければならない。

 人びとは「ハマスは何一つ目的を達成していない。それになのに、終結をどうして引き伸ばすのか」と言っています。

「お前たちが宣言した目標、エルサレムを征服する、アルアクサ・モスクを征服しパレスチナを解放する、パレスチナを解放のための戦争を開始すると、モハマド・デイフ(ハマス軍事指導部門の最高指導者)が10月7日の朝に宣言したのに、何一つ、目的を達成していない。なのに、なぜ停戦を遅らせようとしているのか。さらに何千人というパレスチナ人が殺されることをお前たちは望んでいるのか!」と。

 ハマスはパレスチナを解放すると宣言したのに、ガザ、1~2%のパレスチナさえ解放することができない。イスラエル軍をネツァリーム回廊やフィラディルフィー回廊から撤退させることさえできないのです。だからこの戦争はまったく意味のない戦争でした。この戦争は最初から間違いだったのです。ハマスの「冒険」でした。だから多くの人がハマスを非難しています。

【メディアは民衆の真の苦しみを伝えない】

(Q・人々のうつ状態についてもっと教えてくれませんか?)

 ひどい状況です。世界の誰もがガザのパレスチナ人が“人間”であることを語らない。ガザの住民は全員が戦闘員で、ガザをアメリカやロシアのような「軍事的な超大国」のように描きます。ガザの住民を「英雄」のように描くのです。それはまったく事実とは違います。世界のメディアはガザ住民を「戦闘員、英雄」のように描き、「住民はハマスを当初から支持している」というイメージを作り上げるのです。実際はガザ住民がテントの中でどうやって寝るのかに頭を悩まし、食べ物もなく薬もなく、がん患者は手術も受けられず、何千人という人が死んでいるのに、そのことを伝えないのです。

(Q・メディアが?)

 多くのメディアです。アルジャジーラや他のメディアもそうです。彼らは私たちが犠牲者であることを伝えません。ガザ住民の苦悩を描きません。ガザ住民を「パレスチナの大義を守り、パレスチナ問題の解決のために、パレスチナの権利のためにイスラエルと闘っている」といったふうに描くのです。

(Q・欧米の大学でのパレスチナ支援運動をどう見ていますか?)

 ガザ支援そのものはとてもありがたいです。ただ、これはガザの民衆にとっていい支援だとは私は思いません。彼らはパレスチナ人の大義や権利とハマスを分けていないからです。彼らはハマスのスローガンを掲げています。ハマスは我われを代表してはいません。パレスチナ人の道徳的、倫理的な権利を代表していません。ハマスのやったことはテロです。あれはパレスチナ人の権利のための闘争ではありません。ハマスの行動とパレスチナの大義とを分けなければなりません。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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