芸術フットボールを追い求めて 第1回 「どうしてブラジル代表はこんなに弱くなったの?」 沢田啓明
セレソンの未来は若手に託すしかない
「どうしてブラジル代表はこんなに弱くなったの?」―――。最近、知人、友人からこう聞かれることが増えた。 2026年ワールドカップ(W杯)南米予選は参加10カ国がホーム&アウェーで18試合を戦うのだが、8試合を終えた時点で3勝1分4敗。何と負け越しており、5位に沈んでいる。 W杯出場国数が従来の32から48へ増加し、南米からの出場枠も4・5から6・5へ増えたから、仮に現在の順位で予選を終えてもW杯には出場できる。しかし、そのような戦力では到底、W杯での好成績は期待できない。 W杯で世界最多の5回の優勝を誇り、2006年大会以来、自国開催で予選参加を免除された2014年大会を除く4大会で予選を首位で突破してきたフットボール王国にとって、屈辱的な状況だ(注:2022年W杯ではアルゼンチンが優勝したが、南米予選ではブラジルがアルゼンチンに勝ち点6差をつけてトップだった)。 2022年W杯で準々決勝で敗退し、2016年から指揮を執っていたチッチ監督が退任したわけだが、その後の監督選びでブラジルサッカー連盟(CBF)が迷走した。 レアル・マドリーを指揮するイタリア人の名将カルロ・アンチェロッティ(欧州チャンピオンズリーグで、ACミランを率いて2度、レアル・マドリーを率いて昨季を含めて3度優勝)の招聘を目指し、連盟会長は「2024年6月に就任する」と言明。それまでの〝つなぎ〟として、リオの名門フルミネンセを率いて昨年のコパ・リベルタドーレス(クラブ南米王者の座を争う大会)を制覇したフェルナンド・ジニスを暫定監督に据えた。 昨年9月に始まった2026年W杯南米予選で、ジニス率いるセレソン(本来は英語の「セレクション」と同じ言葉だが、フットボールのブラジル代表の一般的呼称となっている)は第1節でボリビアに5―1と圧勝。第2節も1―0でペルーを下した。しかし、第3節でホームで格下ベネズエラと1―1で引き分けると、以後、ウルグアイ(アウェー)、コロンビア(アウェー)、アルゼンチン(ホーム)に3連敗。 アンチェロッティがセレソン監督就任を否定したこともあり、今年1月、CBFはジニスを解任。2022年にフラメンゴを率いてコパ・リベルタドーレスを制覇した経験豊富なドリヴァル・ジュニオールを招聘した。 新チームは、今年3月の欧州遠征でイングランドを倒し、スペインと引き分けと出足は好調だった。しかし、6月から7月にかけて行なわれたコパ・アメリカ(南米選手権)で準々決勝で敗退。9月に再開された南米予選でエクアドルを1―0で倒したが、パラグアイに0―1で敗れた。 ブラジル代表が弱体化した理由については、ブラジル国内でも色々な議論がある。 1)選手の質が低下した 2)CBFの運営がお粗末 3)監督の能力が低い 4)強力なリーダーがいない などなど。 1)については、確かに以前に比べて世界トップの選手が少なくなった。とはいえ、レアル・マドリー、バルセロナといった世界最高峰のクラブで活躍する選手が目白押しだ(近年、躍進を続けている日本代表と比べても、個々の選手が所属するクラブのランクはずっと上)。 2)はその通り。ただし、これまでもCBFの運営はお粗末で、なおかつ汚職にまみれていた。それでも、不思議なことに過去のW杯で優勝してきた。 筆者は、3)が極めて深刻と考える。CBFが指導者ライセンス制度を確立するのが遅れ、世界最先端の戦術を知り、あるいは新たな戦術を編み出す監督が少ない。 4)も重要な課題だろう。現在のチームのキャプテンは右サイドバックのダニーロだが、かつてのドゥンガのような強力なリーダーシップは持ち合わせていない。 そして、2010年以降、セレソンの屋台骨を背負ってきたネイマール(32)の責任が重大と考える。セレブとしての日々を謳歌してきたのが祟り、近年、故障が頻発。チッチ監督時代に主将を任されたが、その役割を果たせなかった。 彼と好対照なのが、アルゼンチン代表のリオネル・メッシだ。ネイマールより5歳年上だが、良き家庭人で、常に節制に務め、故障が少ない。主将として常にチームを牽引し、体調が良くない時でも懸命にプレーして勝利に導く。 端的に言えば、近年のアルゼンチン代表とセレソンの成績の差は、メッシとネイマールの選手として、また人間としての差に依る部分が極めて大きいのではないか。 ブラジル国内では、まだネイマールに期待する声が少なくない。しかし、筆者はもはや彼には頼れないと考えており、ヴィニシウス、ロドリゴ、エンドリッキ(いずれもレアル・マドリー)ら若手にセレソンの未来を託すしかないと考えている。 今月中旬、南米予選の2節が行なわれる(10日にアウェーでチリ戦、15日にホームでペルー戦)。対戦相手はいずれも不調に喘いでおり、是が非でも連勝して順位を上げたい。フットボール王国としての意地を見せてほしいものだ。 【著者略歴】1986年ワールドカップ・メキシコ大会を現地でフル観戦し、人生観が変わる。ブラジルのフットボールに魅せられて1986年末にサンパウロへ渡り、以来、ブラジルと南米のフットボールを追い続けている。著書に『マラカナンの悲劇』(新潮社)、『情熱のブラジルサッカー』(平凡社新書)など。