「ブラジャーの内側にぽつりと灰色のしみが」20年以上つづけた認知症の母親の介護が落ち着いた途端に…介護者の娘が受けた“乳がん宣告”
結果待ちの間にしたことは
それではそろそろ準備した方がいいかと、ネットで日本尊厳死協会のホームページを呼び出す。 そんなものに入っていたって、いざ、容態が悪くなれば、病院と家族のやりとりで延命が決められてしまって本人の希望通りにはならない、という話はよく耳にする。だが何も意思表示せずに、鼻管栄養、胃瘻、点滴、人工呼吸器、ついでに身体拘束も入って、拷問のような数カ月を過ごして死ぬのは御免被りたい。 送られてきた申込書を読むと、リビングウィルの内容が、意外に詳細で具体的なものだとわかった。それまで漠然と「尊厳死」といってもなかなか本人の意思が反映されなかった事例を踏まえてのことだろう。 グッドタイミングかバッドタイミングか、ちょうどその頃、まさにその「尊厳死」をテーマにした小説『死の島』について、作者の小池真理子さんと対談する企画が飛び込んできた。 即座に「グッドタイミング!」と引き受けるのが作家の習性だ。取りあえず、「こんな状態で、ただいま結果待ちです」と担当者にメールを打つ。 数日後、携帯に小池真理子さんから電話がかかる。病状を心配してくださり、力になれれば、と具体的な申し出をいくつかしてくれる。社交辞令ではない真摯な言葉にはいつも心を打たれる。
「節子さん、巨乳じゃないよね」「どっちかっていうとヒン…」
その翌週、乳頭からの分泌物の検査結果が出て、いよいよ乳がんの疑いが強まり、針生検に進む。昔なら組織を切り取って検査に回したところだが、今はマンモトームという機会を用いて病変部分に針を刺し、組織を吸引して採取する。針といっても直径3.4ミリはある太いものなので、局部麻酔をし、先生が画面を見ながら、えいやっ、とそれらしき部分を狙って刺す。その後、ズズズっという音とともに組織が管に吸い込まれる。もちろん麻酔が効いているから痛みはないが微妙な気分だ(ちなみに甲状腺穿刺の方は麻酔無しで針を刺されるので痛い)。 このマンモトームによる生検によって最終的に結果が出て、旅行先の熱海に電話がかかってきた、というわけだ。もちろん電話で結果を告げられることはなかったが、この時点で「クロ」は確定。 まあ、命を失うことはないだろうが、この先、手術、放射線、抗がん剤治療等々で辛く不自由な生活が始まると思えば、お楽しみは今だけさ、という刹那的気分にとらわれる。 胸に秘めた恋などあれば、どこぞの殿方にメールを送っているところだが、還暦過ぎの身にそんなロマンはない。 自宅で留守番している亭主に電話で報告した後は、インフィニティプールで夕陽を眺め、温泉に浸かり、夕食のブッフェで美容にも健康にも悪そうな、高脂肪、高カロリー、高コストの料理を皿に取りまくる。 それはともかく、乳がんは発見さえ早ければ9割は助かる、と言われ、どこの自治体でも乳がん検診に力を入れている。 その際、触診とマンモグラフィーは基本で、私自身も受けていた。だが毎回、異常なしという結果だった。今回、乳腺科で受けた検査でさえ、触診とマンモで異常は発見できなかった。 「あのさぁ、節子さんとお風呂入ったことはないけど」と電話で話した折に小池真理子さんが口ごもった。「節子さん、巨乳じゃないよね。大きいとマンモに写りにくいって話だけど、どっちかっていうとヒンだよね……」 おいっ、こら! ヒンだからといって全部が全部写るわけではない。だがエコーには捉えられた。 逆にエコーでは何も発見できず、マンモグラフィーで見つかる場合もあるらしい。