万引き犯写真公開は中止― まんだらけの行為を法的に整理する
同情できる面もあるが、制度的なパニックを引き起こす可能性も
窃盗の被害を受けた中古品販売会社「まんだらけ」が、防犯カメラに写った「犯人」に対して、顔をネットで公開されたくなければ、指定した期限までに盗品を返還せよと警告していました。結局、警察からの要請もあって公開は中止されましたが、この行為は社会的に大きな議論を引き起こしました。 窃盗、とくに万引きの件数は膨大で、警察が把握した件数だけでも年間約14万件もあり、検挙率は7割ほどです。被害も年間数百億円に及ぶと言われています。警察が犯罪のすべてに同じようなエネルギーを注ぐことはできないのは当然ですが、万引きの処理が必ずしも十分になされているとはいいがたい状況であって、被害者としては泣き寝入りせざるをえない面があるのが現状だと思います。 そこで、万引きに業を煮やした業者が、このような行為に出ることには同情できる面もあります。が、他方で犯罪の被害者が自ら被害回復を実行していくと、社会に大きな混乱をもたらす可能性もあります。とくに、犯罪捜査については、不当な人権侵害が起こらないように、さまざまな厳しい制約が長い歴史の中で作られてきていますので、被害者の自力救済を無制限に認めることは、制度的なパニックを引き起こす危険性すらあります。 私は、まんだらけは結果的に良い選択を行ったと思いますが、このような行為について一応の法律的な整理を行っておくことは必要だと思います。
真犯人であっても名誉毀損、恐喝罪となる可能性がある
刑罰の起源が、被害者や部族の復讐(応報)にあることは定説と言えますが、近代的な国家が形成されてくるにつれ、被害者が持っていた復讐の権利は刑罰という制度の中に吸収され、復讐は逆に犯罪として禁圧されていきます。たとえば、江戸時代に制度化されていた仇討(あだう)ちは、明治になって「決闘(けっとう)罪ニ関スル件」という法律によって処罰されるにいたります(この法律は現在も有効です)。犯罪の被害回復も、警察や裁判所に委ねられ、個人がみだりに被害を回復することは違法行為となったのです。 まんだらけは、確かに盗まれた商品については正当な権利を持っています。ただ、今回はこれを犯人の社会的評価(名誉)をおとしめるという手段で回復しようとした点が問題です。この点で、名誉毀損となる可能性があります。 というのも、日本の刑法は、真実を暴露しても名誉毀損罪が成立するとしているからです。ただし、その事実に 1. 公共性が認められ、 2. 公益を図る目的があり、 3. それが真実であれば、 名誉毀損とはならないとされており、さらに犯罪の被疑者の場合は無条件に公共性があるとされていますので、まんだらけに公益を図る目的があれば、今回の手段もまったく正当な手段となります。 しかし、まんだらけの主な目的は、(もちろん世間の万引き犯人に警鐘を鳴らすという意味もあるでしょうが)盗品を取り戻すという個人的な目的であると解されますので、公益性にはとぼしく、名誉毀損行為であることは免れないでしょう(モザイクを外した場合に犯罪が成立します)。 さらに、正当な権利があっても、その権利行使に違法性が認められる場合には、全体が違法となるというのが裁判所の考え方です。たとえば、お金を貸した相手が返済しないからといって、「借金を返済しないと、うちの若いモンが何をするか分からないぞ」と脅して返済させた場合には恐喝罪となるのです。「盗品を返還しないとモザイクを外すぞ」という脅しもこれと同じことなのです。