男女が激しい“行為”の後に次の約束を交わすのも難しかった…「小橋めぐみ」が感じた携帯電話がない頃の「不倫」のドラマとは
小橋めぐみ・評 林真理子『不機嫌な果実』
『不機嫌な果実』を読んで、時代の移ろいを感じた。ラインやメールなど多様な連絡手段がある今、「どうして連絡できなかったの?」と不機嫌になることも。一方、小説の舞台となる携帯電話のない(あるにはあるが、所持する人がまだまだきわめて珍しかった)時代の不倫は、連絡ひとつするのにもドラマがあった。 ヒロインは結婚6年目の夫に不満を抱く、32歳の水越麻也子。昔の恋人で、遊び慣れている広告代理店マンの野村という既婚者に自分から連絡をとり、密かに関係を復活させていた。 そんなある日、歳下で独身、音楽評論家の通彦と出会い、恋に落ちる。 通彦と初めて結ばれた数日後、麻也子は夫がまだ帰宅していない夜に、通彦の家に電話をしてみるが、2回かけても不在で留守番電話になってしまう。彼女はことが露見して夫と裁判になった時のことまで考え、不倫を否定できるようにと、留守電にあえてメッセージを残さない。では、どうやって連絡をとればいいのか。
友人として会っている時は、次の約束の時間と場所を決めるのも自然にできた。けれど「激しいセックスをした後に別れる時、まさかお互い手帳を取り出すわけにもいか」ない。正式に交際していないのなら尚更だ。 その時はどんなに愛し合おうと、数日経っても連絡がないと、相手を疑う気持ちが芽生えてしまったりする。麻也子は思い悩んだ末にもう一度電話をかける。無事に繋がって会う約束を交わし、受話器を置くと同時に夫が帰宅する。 この絶妙なタイミングを「自分と新しい愛人との吉兆のように」感じる麻也子。それがのちに大きな決断を迫られることになろうとは、まだ彼女は知るよしもない。 後半、スリル満点の緊迫した電話の場面が登場する。麻也子とともに自分も胸がドキドキし、生きた心地がしなかった。妙な時間に突然鳴り響く(現代で言う)固定電話は、パートナーが側にいたりすると、時にホラーのように恐ろしい。連絡手段が限られた時代ならではの不倫関係の緊迫感が面白く、夢中で読んだ。 今の不倫小説も、数十年後には別の興趣を呼び起こすのか。そこはわからないけれど、いつの時代も、女が不機嫌になるポイントだけは変わらない気がする。 小橋めぐみ(こばし・めぐみ) 1979年、東京都生まれ。無類の本好きとしても知られ、新聞・女性誌などに書評を寄せるなど、近年は読書家として新たなフィールドでも活躍中。 著書に、読書エッセイ『恋読』(角川書店)がある。近年の出演作は、映画『あみはおばけ』、『こいのわ 婚活クルージング』、NHK「天才てれびくんhello,」、BSフジ「警視庁捜査資料管理室(仮)」など。 Book Bang編集部 新潮社
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