「今欲しいのは正論じゃない」あえて主人公を成長させない『恋とか夢とかてんてんてん』
「成長物語は、私からどんどん離れていってしまう」
――カイちゃんをあまり成長させないところにも意思を感じます。 そうですね。「成長していく物語」って自分からどんどん離れていっちゃう感じがして。漫画や映画で成長に勇気をもらえることもあれば、すごく寂しく感じることもあるんです。最後まで成長しない主人公の方が、私は感情移入してしまうんですよ。実は9話が公開された後に「置いていかないで、カイちゃん」っていう感想をいただきました。9話はカイちゃんが子どもと絵を描いて少し笑顔になるシーンがあったり、友達の言葉に少し励まされたり洸くんをあきらめようと決める回で、この先の希望が少しだけ見えるような回なんです。きっとその方もカイちゃんが成長して自分から離れていってしまう寂しさを感じたんだと思うんです。この漫画は成長物語にはしたくないと思っていましたが、その感想をいただいて覚悟が決まりました。 ――最近は特に「成長」や「学び」が当たり前に善とされていますよね。でも、そうできない人もいる。 ただカイちゃんは弱いようで図太いところもあるし、強い人間だと思っています。自分の強さに気づいていないだけ。同じように弱くても不器用でも死にたい気持ちになっても生きてる人って、それだけでめちゃくちゃ強いと思います。 ――カイちゃんは洸くんへの気持ちをエネルギーに、輝きを増していきます。カイちゃんにとって恋愛はどういう意味を持っているんでしょう。 彼女にとって今まで生きてきた中ではそこまで恋愛は重要ではありませんでした。それはたぶん、恋愛以外のものがちゃんとあったからですね。でも今のカイちゃんにとって恋愛は、本当に生きる術になってしまってる。「なんもない」と感じていたカイちゃんにとっては、大きな光ですね。生きるための。 ――最近の漫画は「自己肯定感」を上げることで生まれ変わる主人公が多い気がします。でもカイちゃんはそうではない。一方で、洸くんが好きになる女の子は今の価値観をちゃんとインストールして、自分のモチベーションを自分で保てるタイプです。りあさんの存在も利いていると思いました。 カイちゃんが自己肯定感が低い分、自己肯定感バリバリの子を描きたかったんです。本当にカイちゃんが持っていないものをすべて持っているような子。私自身もそういう子に憧れちゃうんですよ。自分が持ってないものを全部持っていて、しっかりとした愛情の支えみたいなものが、たぶん心にある人。比べる対象というか、生きている世界がちょっと違う人という認識です。 ――2巻の最後にはカイちゃんが「どこに行けば幸せになれるかな」という思いを吐露します。カイちゃんにとって幸せって何を意味しているんでしょうか。 幸せって何なのかも分からないまま言っていますよね。別に今を不幸せと思っているわけではないけれど、幸せな状況ではないっていうのは分かっている。でも幸せって何なのか分かっていないからこそ、何をしたらいいのかも分かってない状態です。 ――先生も幸せについて考えることはありますか? ぼんやりとは思いますね。実は猫と生活するだけで幸せになれるんじゃないかって思ったりします。でも若い頃は特にカイちゃんと同じように、人に愛されることを求めてしまっていたので、誰かに愛され続けることをイメージしていました。幸せについてぼんやり考えると、好きな人と年をとってもずっと一緒にいるイメージが出てきてしまう。でもそれは私の幸せにはならないような気がだんだんしてきて、今は私も幸せが何なのかよく分かっていません。 ――私たちは昔から、好きなパートナーと一緒にいる像を幸せの象徴でもあるかのように思わされてきています。そういう作品があふれているので。一方、本作では現状、カイちゃんと洸くんの関係は不穏です。お互いにずるく、心の弱さでつながっている。 お互いずるいですよね。分かります。でも、それで自分の心の穴を埋めようとする双方の気持ちも分かる気はします。それこそカイちゃんにとっては、恋愛が生きる術ですし。 ――倫理的に間違っていたとしても、本人にとっては生きるか死ぬかの問題。まさに命懸けの恋愛なんですよね。 そうですね。洸くんと出会っていなかったらどうなっていたのか想像できない。 ――読者の反響・反応も知りたいです。 洸くんが最低、クズだと責められちゃうことが多いですね。でも「俺は洸くんだ」という感想や洸くんに共感して読んでくれてる人もいます。いろんな登場人物に共感してもらえたり本気で怒ってくれる人がいるのはすごく新鮮な経験で私も発見や気付きがあっておもしろいです。 ――カイちゃんもずるいから、一方だけを責められないですよね。 そこは気をつけて描いています。自分の中では、カイちゃんもずるい人間だと思って描いています。嘘をついたり、いい人に見せようとしたり、大切にしてくれる存在に気づかなかったり、ドタキャンしたり、自己中なところもあって。主人公だからこそ一番かっこ悪くみっともなく描きたいという気持ちがあります。