【田舎の相続】「たった600万円」で兄弟に亀裂…親が絶対やっておくべき生前の対策とは?
正夫からすれば、「兄貴は居酒屋経営の手伝いすらしなかったくせに……」という割り切れない思いがありますが、片や欲夫からすれば、「正夫はこれまで父親にいろいろ援助してもらっているんだろ。俺は親に頼らず生きてきたんだ」という思いがあるようでした。 結局、正夫は銀行から200万円を借りて、欲夫に代償金を払ったのです。 ● 遺言と生前贈与があれば トラブルは防げたはず 居酒屋ビジネスは、単価数百円のメニューやお酒をコツコツお客さんに提供して成り立つものです。毎日父親とともに営業努力をしていた正夫からすれば、200万円も借金して兄に払うなんて「やってらんねえよ」という気持ちではないでしょうか。 ただ、欲夫にも言い分はあるでしょう。「弟はクルマも買ってもらっていた」「実家で暮らしていた」といったことに対して、不公平感があったかもしれません。 このようないざこざを防ぐには、何はなくとも遺言が有効です。一郎が「自宅兼店舗を正夫に、預貯金を欲夫に相続させる」という趣旨の遺言を残しておけば、欲夫もすんなり受け入れたかもしれません。 ただし、相続には民法で定められた「遺留分」があります。これは、遺言に何が書かれてあろうと、最低でも受け取れる財産のことです(図12)。 一郎の遺産は計600万円。子ども2人の場合、遺留分は1人あたり財産の4分の1なので、この場合の遺留分は150万円です。欲夫は100万円を相続しても、遺留分に50万円足りません。正夫に請求すれば50万円を受け取れますが、欲夫は200万円ならいざ知らず、兄弟仲を悪くしてまで50万円を請求するでしょうか?――つまり、いずれにせよ一郎が遺言を残しておけば、いざこざが起こらなかった可能性が高いのです。
このケースでは、生前贈与も有効です。自宅兼店舗は築年数が古く、資産価値は500万円とあまり高くありません。このため、贈与税はそれほど高くないのです。 一郎は生前のうちに、「正夫に自宅兼店舗を贈与するとともに、特別受益の持ち戻しを免除する」という趣旨の遺言を書くという手もありました。「特別受益の持ち戻し」とは、特別に受けた利益を相続財産に加えて計算し直すことです。このような遺言があれば残る財産である預貯金100万円を欲夫と正夫で分けるだけとなり、もめなかった可能性が高いでしょう。 ● 個人事業主の相続は 預金口座の凍結に注意 個人事業主の相続でよく問題になるのが、預金口座の凍結です。銀行は、亡くなったことを把握するとその人の口座を凍結します。すると、口座からお金を引き出せなくなり、従業員の給与や仕入れ代金の支払いに困ることがあるのです。実際、相続人による遺産分割協議がまとまるまでは、後継者が自分の財産で立て替えなければならないというケースもよくあります。 こうした事態を防ぐためには、生命保険が有効です。生命保険の死亡保険金は、受取人が書類を用意すれば、一般的には1週間ほどで受け取ることができます。死亡保険金は受取人の固有の財産となりますから、経営者であれば当面の経営資金の確保にもなりますし、葬儀費用や納税資金などに活用することもできます。 橋本則彦税理士は、「相続は親との別れであると同時に、兄弟の別れでもあります。親が生きているから兄弟なのであって、親が亡くなると兄弟が徐々に他人になっていくのです」と指摘します。わかりやすいのが、従兄弟との関係です。祖父母が健在のときは、祖父母の家に親族が集まることがあり、従兄弟同士の交流があるものですが、祖父母が亡くなると、従兄弟同士が急速に疎遠になっていくのです。兄弟の関係も、これと同じようなものです。 親は、兄弟にずっと仲良くしてほしいと願っていることでしょう。しかし現実を考えると、財産を残す側は、自分が亡くなったあとは子どもたちが他人になってしまうことを想定して、相続対策を考えたほうがいいかもしれません。
澤井修司