棋士・加藤一二三(84)の悩み 「結婚64年の妻から、日常生活の優柔不断を不思議がられます」
〈「2児の母」「3児の父」という単語にモヤモヤ…プロフィールに“子どもの数”は必要か〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(2枚) みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、棋士の加藤一二三さんのお悩みに、中野さんが脳科学の観点から回答します。(全3回の3回目。 #1 、 #2 を読む) ◆ ◆ ◆
Q 将棋を離れた局面では「直感力」が鈍化してしまいます─84歳・加藤一二三(棋士デビュー70周年)からの相談
――私の悩みは「本職では優れた直感力を発揮できる一方で仕事を離れた局面では直感力が鈍化する」ことです。 77歳まで現役を貫いた将棋の対局では、盤面を前に瞬時に最善手をひらめく経験に度々恵まれました。 そこから私はプロ棋士の嗜みとして精読を重ね、ひらめきの一手いわば直感の一手が本物であるのか検証後に指すことを心掛けて参りました。 これが座右の銘として色紙にも揮毫しております「直感精読」の真意でも御座います。 将棋棋士としては直感力に恵まれた私ですが、日常生活に於ける直感力はさっぱりで、長年共に魂を燃やし闘い結婚64年を迎えた妻からは、何故それほど優柔不断なのかと不思議に思われることも御座います。 そこで今回貴重なこの場をお借り致し中野信子先生に御教授いただければと願うのは、日常生活に於ける直感力の鍛え方になります。 脳科学の観点ならびに長年の御経験からぜひ直感力の鍛錬の方法について御知恵を賜われますと幸甚です。 加藤先生、ご相談をお寄せいただいて本当にうれしく、ありがたく存じます。先生ほどの業績を残された方が、「ひふみん」の愛称で全国のファンの皆さんに親しまれ、大人気であるのはひとえにそのお人柄ゆえであると拝されます。私も先生のことが大好きです!
直感の精度と速度は、その方の能力に従って決まってしまう
座右の銘とされている「直感精読」のご真意を伺い、やはり天才とはこういうことであるのだなとまた感慨を新たにいたしました。普通の方は、そもそもひらめき/直感が生まれたとしてもその段階で思考がある程度止まってしまいますから、その直感が本物であるかどうかの検証のプロセスを、精度良くこなすことは難しいのではないかと思うのです。 高速での精密な検証プロセスは、おっしゃるとおり日々の知的な鍛錬としての精読の賜物であると思います。もちろん、棋士の皆様は当然のたしなみとしておやりになることだとは承知しておりますが、これをどのような精度と速度でできるのかは、やはりある程度はその方の能力に従って決まってしまうものであるといえますから、生まれもっての天与の才というのは大きいものだとも思います。この検証プロセスなしには、せっかくのひらめきも単なる気まぐれに、直感もひとりよがりな思いつきになってしまうでしょう。 ややテクニカルな話になりまして恐縮ですが、直感の源は脳におけるデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれる仕組みにあります。これは、お風呂に入っているときや、居心地の良い環境にいて自由に連想できるときなど、リラックスしていて快適な状態で活性化する機構です。 DMNで生まれてきた発想を正しいかどうか検証して絞り込んでいくのが、セイリエンスネットワーク(SN)です。先生が日々「精読」によって鍛えておいでになるのはこのSNという仕組みであろうと思います。さらに、ここで絞り込まれた選択肢を抽出して実際の手としてどれが適切か判断するのが中央実行系(CEN)です。現代社会における教育では、CENばかりが鍛えられる仕組みになっており、DMNはあまり重視されていないのが残念なところですね。