ACL決勝の知られざる舞台裏――チームマネージャーが語るUAE戦記【日本サッカー・マイノリティリポート】
クラブは「プランB」も想定。全員分を確保できない場合は
Jリーグ運営担当の職務は多岐にわたる。F・マリノスの主催試合ではマッチコミッショナー、審判団、対戦相手の担当者などと連携し、天災など不測の事態に備えながら競技をしっかりと成立させる。「まずは安心・安全です」(飯尾)。 運営担当は試合当日の各種イベントにも携わる。来場するお客様に、いかに楽しんでいただくか。非日常感を演出する企画を練り、イベントにはクラブ内外の多くの部署がかかわるので「交通整理」もひとつの役割だ。 F・マリノスの運営担当はふたりで、飯尾はこれらの「競技まわり」と「イベントまわり」を近年は鈴木彩貴(あやき)と手分けして回してきた。さらにチームマネージャーでもある飯尾は、合間合間のアウェーゲームに帯同する。敵地にまで応援に駆けつけてくれるファン・サポーターたちのフォローアップも、チームマネージャーの役割だ。 UAE入りしてからもチケット問題と向き合ってきた飯尾は、決勝第2戦のキックオフ時刻を睨(にら)みながら、日本から駆けつけてくれたファン・サポーターのどのくらいの人数がまだチケットを確保できていないのか、情報収集に努める一方、“救難信号”を出して助けを求めていた。 飯尾が発したSOSにこたえてくれたのは、日本サッカー界の有志たちだ。ACL決勝のチケットは、大会を主催するAFC(アジアサッカー連盟)が一定枚数を確保し、加盟各国に分配している。飯尾たちが当てにしていたのは、追加手配のチケットだ。UAEと日本のクラブによる決勝なので、追加可能なチケットが余っているに違いない。 大事な決勝を直後に控えたF・マリノスの選手たちも、チケットを確保できずに試合当日を迎えたファン・サポーターたちを気遣っていた。飯尾に面と向かって、次のように声をかけてくる選手もいたほどだ。 「全員スタジアムに入れそうですか?」 SOSにはありがたいことに多くの反応があり、飯尾のスマホには追加手配のチケットが続々と集まってくる。次の問題は、確保できたこれらの入場券をファン・サポーターたちにどう渡すか。飯尾は宿泊していたホテルのプリンターを借りて、紙のQRコードを手渡しすることにした。貴重な電子チケットを出力できるだけ出力し、キックオフの7時間前にホテルを出発する先発隊の鈴木に託す。 追加チケットを確保という情報はクラブ公式Xで発信し、集合場所にはファン・サポーターたちが集まった。しかし、用意できた枚数を応募者の数が上回り、全員にチケットは行き渡らない。 追加手配のチケットをさらに集めながら、クラブはプランBも想定していた。仮にファン・サポーター全員分のチケットを確保できなかった場合は、アジア王者に輝いていようと、準優勝に終わっていようと、スタジアムの外で応援してくれたみんなのところへ、試合後の選手たちがお礼の挨拶をしにいくと。選手たちもスタッフも賛同していた、全面的なクラブの総意がそのプランBだったのだ。 F・マリノスにとって完全アウェーの決勝第2戦は20時過ぎに始まった。ベンチから戦況を注視していた飯尾は、さすがに感情の高ぶりを抑えられなかった。 「普段のJリーグの試合では、自分の感情を入れないようにしています。もしもこのタイミングで地震が発生したら、どう動くべきかといったことも考えながら、スタジアム全体の雰囲気を掴もうとしています。ただ、UAEでのあの夜は、助けてくれた皆さんのためにも優勝したいと感情がすごく入っていました。F・マリノスが次のステージへ進んでいくためにも、勝利が重要だと思っていたので」 飯尾が試合に集中できていたのは、チケット問題を解決できていたからでもあるだろう。怒涛(どとう)の一日となったので記憶は定かではないが、飯尾自身が最後のファン・サポーターに紙のQRコードを手渡しできたのは、おそらくキックオフまで2時間を切ろうとしていた頃だった。