¥ellow Bucksが語る、引き算で核心を捉えるラップ、地元凱旋ライブの意味
目まぐるしくトレンドが変化する現在の日本のヒップホップ・シーンにおいて、¥ellow Bucksは目先のトレンドを生み出すと言うより、自分が信じる(そして彼のルーツとなる)ヒップホップの美学や芯となる部分をガッチリ固めたまま、着実にスター・ラッパーとしての歩みを進めてきた。彼のアルバム作品を聴けば、随所に散りばめられたヒップホップの粋な魅力を感じることができる。デビューアルバム『Jungle』をリリースしてから4年半あまり。この期間、彼はどれだけ大きく成長してきたのか。地元、飛騨高山での凱旋ライブも控える中、ニューアルバム『Jungle 2』を中心として、その歩みを振り返ってもらった。 ―今回のアルバムは『Jungle2』というタイトルですよね。下敷きになっている『Jungle』は2020年にリリースされた¥ellow Bucksさんの1stアルバムですけど、このタイミングでその続編を出そうと思ったきっかけを教えてください。 いろんなタイミングがあったという感じですかね。アルバムとしては今回で3枚目になるんですけど、『Jungle 2』を出したいなという思いは前からあったんです。1枚目のアルバムから4年経って、自分も成長してきた。そこで、1枚目からのアップデートとして「今はこんな感じだぜ」っていうところを表したくて。 ―アルバムというタームで数えると、2ndアルバム『Ride 4 Life』(2022)から2年が経過しています。その間にEP『Survive』のリリースやAK-69とのコラボEP『AK¥B』のプロジェクトもありましたが、改めてこの2年間はどのような期間でしたか? すごく大変だったし、色々と悩まされる時期でもありました。考えさせられることも本当に多い時期だったし、曲の制作が進まないということもあった。例えば、自分自身は結構成長していても、そうじゃない仲間もいるわけじゃないですか。そんな中で、俺が正しいと思っていやってきたことに対して「あれ? 間違ってるのかな?」と悩む時期もあったんです。そんなことを考えているうちに捕まってしまったこともあるし。 ―そうした状況を打破したものは何だったんですか? ラッパーとしてのスタンスや意識が変化することもあった? スタンスとしては、変化はないですね。身の回りの面倒臭いことに対して「どうしよう」って考えるより、自分がやるべきこと、やりたいことにフォーカスして、という感じですかね。普通に、面倒臭いことってあるじゃないですか。でもそこにフォーカスしてると、(マインドが)そっちに行っちゃう。それよりも、例えばアルバムを出すとか、自分のやるべきことにフォーカスするだけですね。 ―先ほども“自分のアップデートしたところを表現したい”と仰っていましたが、2024年の現在、ラッパーとしてどんなところがアップデート、ないしはレベルアップしていると感じますか? どうなんだろうな。『Jungle』の時は、まだルーキー感があったと思うんです。でも今は若手でもなくて、“中堅ラッパー”みたいに言われることもあるし、業界の中での立ち位置も変わってきた。(オムニバスの)ライブでもトリをやらせてもらう機会も増えてきましたし。そういうところが、あの頃とは違うところですね。前はがっつりガムシャラって感じだったけど、今はちょっと余裕さが出てくるようになりましたね。もちろん、今もガムシャラな気持ちはあるんですけど。 ―アルバムに収録されている「My Resort Pt. 2」を聴いたときに、その余裕さを感じたんです。『Jungle』に収録されていた「My Resort」と比べると、今回の方がリリックの中の描写も細かくなっているし、ライフスタイルそのものに余裕があるんだろうな、と。 そうですね。特に「My Resort Pt. 2」を聴き比べてもらえると、そういうところが分かりやすいのかなとも思いますね。 ―今回は最初から「続編にしよう」と決めてからアルバムを作っているわけですが、制作のプロセスにも違いはありましたか? 制作そのものは楽しかったです。今年に入ってAK¥Bのプロジェクトが終わった後、すぐにタイのサムイ島に行ったんですよ。そのときに同じクルーにいるプロデューサーのTEEがビートを作っていたんですけど、それを聴きながら「まさに「My Resort Pt. 2だね」って話していて。それがきっかけで、次のアルバムは『Jungle 2』にしよう、と方向性が固まっていった感じなんです。1枚目の『Jungle』は、別に「こういうタイトルのアルバムを作ろう」と思って作ってないんですよ。曲をバーっと作っていって、「どうしようかな?」と思いながら『Jungle』というアルバムにまとめたんです。今回は最初から『Jungle 2』を作ると決めて作っていったので、曲のチョイスなどは“Jungle”ってテーマに寄せて作っていった感じですね。 ―フィーチャリング・アーティストについても教えてください。 人によって進め方やオファーの仕方は違うんですけど、今回は「こういう曲が完成したから、この曲にはこの人に入ってもらいたい」と思ってオファーすることもありました。逆に、例えばBenjazzyくんとかWILYWNKAだったら、前から一緒に曲をやりたいと思っていたので「じゃあ、こういう曲に持っていこう」と制作を始めることもありましたし。 ―WILYWNKAさんとの「Drop It」には“鼻ほじって作ったのにできてるBOPS”という歌詞があって、“どんな制作風景なんだろう“と想像を掻き立ててしまいました。 基本的には「余裕だぜ」っていうスタンスですかね(笑)。カジュアルに作ることもありますし、思いが乗っているものもある。基本的には楽しく制作を進めています。 ―最初にも言っていたアップデートという意味では、リリックの作り方や言葉の選び方も変わりましたか? 大きく変化したかというとそうでもないかもしれないですが、でも変わっていますね。かっこいいパンチラインや誰も聞いたこともないパンチラインっていうのももちろん欲しいんですけど、それよりも<無駄のないラップ>がかっこいいなと思うんです。余計なことを言わない、っていうことでもなく、パッと聴いた時に「無駄がねえな」って思うようなラップ。だから、いい意味で引き算出来ているのかなと思います。 ―そういう無駄のなさからも、先ほど言っていたような余裕さが滲み出ているのかもしれないですね。続いてゲスト・ラッパーというと「Where Did You Go?」にはAKLOとSOCKSの2名が参加していて、ビートも含めてこれまでにないコラボだなと感じました。フックはAKLOが歌うようなフロウを披露していますよね。 「Jungle」がテーマということで、今回、アフロビーツの曲を絶対に入れたいと思っていたんです。DJ RYOWさんから送ってもらったビートの中にそういうテイストの曲があったので、ビートはそうやって選んで。「あの曲は失恋ソングなんですか?」って聞かれることがあるんですけど、そうじゃなくて、クラブで可愛い子がいたけど気がついたらいなくなっちゃって「しまった!」という場面を表現した歌なんです。チャンスを逃したっていう意味なんですけど、その対象が女の子じゃなくても、いろんなことに当てはめることができると思うんですよね。で、まず自分でその歌詞を書いていたんですけど、ある意味、面白い落とし方にしたかった。なので、まずSOCKSくんに連絡しました。 ―DJ RYOWとSOCKSといえば、愛犬のお散歩をテーマにした「OSANPO」をはじめ、独特のユーモア漂う曲がトレードマークでもありますし。 単純に面白さだけを狙ってSOCKSくん、というわけではなくて、SOCKSくんがいるからこそ、俺が求めているオトし方に収まるというか、俺だけじゃ行けないところにもっと落としてくれるんじゃないかと思って。あと、AKLOくんはアフロビーツが得意ということも知っていたので、この曲に必要な存在だなと思って。しかも、フックをお願いしたいなと思っていたので。おかげで、日本人離れしたフックを歌ってもらうことができましたね。 ―個人的には、フィーチャリング・ゲストなしで¥ellow Bucksさんが一人でラップしている曲も魅力的でした。最初の話に戻ってしまいますけど、「ラッパーとしてどれだけ成長しているのか?」というところを確認するには、やはりソロでラップしている曲に聴き応えを感じて。特に終盤の「Night Time」と「One More」も秀逸で、今回はアルバムを聴いた後の余韻をすごく感じたんです。 嬉しいですね。「One More」は確かに、余韻を感じさせるものがあるかもと思います。前回の『Jungle』は最後、どんより終わっていくんですよ。最後に収録した曲のタイトルは「After」で、“のちに“という意味も持つ。そう考えたら『Jungle 2』は出るべくして出た作品なのかなと思います。今回はしっとりというか、ちゃんとエンディングっぽい締め方にしたかったんです。「One More」は自分らがクラブにいる時、「帰りたくないからもう一曲流してよ」という曲で、華やかな雰囲気もありつつ、「また会えるから」という感じで終わる。こういう終わり方にしたので、もしかしたら『Jungle 3』という3作目もあり得るのかもしれない。 ―こうなったらぜひ三部作として完成して欲しいです。新たなアルバムをリリースしたばかりの今のモードは? 具体的にいうと、11月に地元での凱旋ライブを控えているので、そこに向けて準備をしているというモードですね。