【連載】プロクラブのすすめ㉑ 山谷拓志社長[静岡ブルーレヴズ] なりたい姿から逆算できるリーグへ。
日本ラグビー界初のプロクラブとしてスタートを切った、静岡ブルーレヴズの運営面、経営面の仕掛け、ひいてはリーグワンについて、山谷拓志社長に解説してもらう連載企画。 21回目となる今回は、先日リーグワンが発表した「今後の方向性」について山谷社長の見解を語ってもらった(12月6日)。 ――まずはリーグからの今回の発表をどう受け止めていますか。 (フェーズ3の)2028-29シーズンから、試合数をホスト&ビジターフォーマットの最低試合数である22試合まで増やすことを明確に示したのは高く評価できます。 加えて、代表活動と被るなどいろいろなことが懸念されていた中で、開幕が秋からになるのも大きな進歩。シーズンの期間が長くなればメディア露出の機会も増えるし、バイウィークが増えれば選手のコンディションも整えやすくなります。 スタジアムではライセンスとして明確に基準を定めたことも大きいです。 一方で、リーグが今後どうあるべきかという議論が少し足りなかったと感じます。リーグの未来を描くことから逆算する、いわゆるバックキャスティングの発想がなかった。 リーグの会議では何度も発言してきましたが、クラブの法人化はリーグのビジョンに照らし合わせると一丁目一番地です。ただ、母体企業の許可が下りなかったり、そもそも分社化したくないという意見があり、なかなかそこに踏み込めていないのが現状です。 ――東海林一専務理事は、現時点では「いまの形が望ましい」と会見で発言していました。 そこは僕と大きな意見の違いです。(企業スポーツと法人化したプロクラブが混在する)いまの形が致し方ないとしても、望ましいとは決して思いません。 リーグの理念である「あなたの街から、世界最高をつくろう」を実現するためには、クラブが法人化をして、”あなたの街”であるホストタウンを明確にして、その地域に根差して経済活動する状況が一番望ましいはず。ラグビーだけが特別ということはないんです。 ――なかなかそうした深い議論ができないのはなぜでしょうか。 追い求めすぎると、ついていけないクラブが出てきたり、大胆なことを掲げて反対されることを避けているんだと思います。自分も他競技でリーグの責任者を務めた経験があるのでその気持は理解できます。 ただ、法人化することがライセンスで義務付けられたことで母体企業がクラブを支援しなくなることは、バスケでもサッカーでもまったく起きてないわけです。 それに、法人化するとクラブの経営が安定せず最悪存続できなくなるという意見も耳にしますが、実際に過去の事例をみるとクラブが存続できなくなったり、規模を縮小することになってしまったのはすべて企業スポーツなんです。 法人化しているクラブは、JリーグやBリーグでも経営危機には陥ってもオーナーチェンジや資本の注入などで存続することがほとんどで、中にはヴィッセル神戸や千葉ジェッツのようにその後見事に成功した事例もあります。 自分もつくばロボッツ(現・茨城ロボッツ)が経営危機に陥っていた時に社長になりましたが、その後新たな株主が見つかり立て直すことができました。それは自分が頑張ったということではなく、株式がある法人であり社長という全責任を負った立場の者がいたからこそ成し遂げられたことだと思っています。 ――ただ、ラグビークラブはサッカーやバスケに比べて、運営費が高額です。支援に手を挙げる企業は現れるのでしょうか。 クラブの将来性が見えたり、リーグが発展していくという希望を持つことができたり、売上や企業価値を高めるチャンスがあるという期待感が出てくれば、興味を示したり先行投資する企業も当然出てくると思います。本来、ラグビーはそれくらい魅力的なコンテンツであるはずです。 なので1社で20億円程度の予算を拠出していただける母体企業があるうちに、はやく法人化した方が絶対に良いです。 自分の経験則ですが、そもそも価値があると証明されているプロスポーツにおいては、やることをしっかりやれば集客や売上は時間と比例して確実に伸びていきます。できるだけ早く始めることが有利になる性質のビジネスなんです。僕が言うのはおこがましいですが、ブルーレヴズはその点では先行者利益を享受できるアドバンテージのある状況だと思っています。 ――クラブを手放したくないという思いが働くのでしょうか。それとも法人化が手間だからでしょうか。 いまのブルーレヴズも100%ヤマハ発動機出資の子会社ですし、まったく手放してはいません。ブルーレヴズになったから支援額が減少したということもありません。 もちろん法人化したことで事業スタッフの人件費やオフィス家賃などかかるコストは増えていて、リーグワンになってからはホストゲームの興行原価も必要となりました。それでも4年目となった今はそれらのコスト以上に新たな収入が多くなりつつあります。 バスケもサッカーも、当初は企業スポーツの人たちは法人化は絶対に無理だと言われてきました。定款を変えたり、株主の理解を得なければいけないと。でもどちらもそれを乗り越えてきた。 いまリーグワンで議論がなかなか進まないのは、何かしらの理由で現状(法人化が)できないというチームが多いので、リーグとしては「いまの形が望ましい」と言わざるを得ないからなのかなと思います。 ――ただ、これまでは社員の福利厚生のために人事部や総務部にぶら下がっていたクラブが多かったけど、広告宣伝部や新規事業部に属するクラブが増えています。良い方向に進んでいるのでは。 良い方向には進んでいるとは思います。ただ会社の中の一部門だと事業としての採算は見るとは思いますが、貸借対照表などの財務諸表はありません。資金繰りという観点もないので、仮に赤字でもそこまでシビアではないでしょう。事業部長ではなく、経営者という存在がいるかいないかでも大きく組織は変わってきます。 また、広報の確認業務や契約業務などのいろんな手続きが大きな会社の中の仕組みでやらざるを得なくなると、時間が遅くなったり、手続きが煩雑になりがちです。 ――他のチームからリーグにライセンスを求める声はないのでしょうか。ライセンスがあれば、会社も動いてくれるかもしれないと。 雑談の中ではそのような声も耳にします。ライセンスはクラブの背中を押すものです。ライセンスがあれば、一つのスタジアムでホストゲームができるように努力するでしょうし、ライセンスを武器に自治体と交渉できます。 ライセンスの基準は本来、背伸びしなければ届かないけど、各チームが努力をすれば到達できるラインに設定するものです。 もちろん、できるわけがない無茶な基準を示してしまってもいけませんが、いまはできないけれどできるかもしれないことにチャレンジしようと思える基準を定めないと、ライセンスの意味がなくなります。 ――スタジアムのライセンスでは、「ホストエリア内の収容1万人以上のスタジアムを3か所を上限に確保し、5割以上の試合を実施する」ことなどが定められる予定です。すでに満たしているチームがほとんどで、ライセンスが背中を押すものには感じません。 結局は現状の可能性に合わせたものなんだと思います。こうありたい、こうあるべき、ではなく、これであればできるだろうと。 背伸びしなくても届くところに基準を置いてしまっています。 ――ただ、バスケのBリーグに加盟するクラブが分社化したのは、外的要因からでした。 そうですね。サッカーは世界から取り残されることが明白だったので1993年にJリーグを作りました。バスケは国際連盟からリーグ分裂を解消しなければ日本代表は試合を行ってはいけないという制裁からBリーグができた。 海外から開国しろと迫られて鎖国を解いたように、いかにも日本らしい話です。 そうした状況ではなく世界と互角に戦うバレーボールも、実はラグビーと同じ悩みを持っています。 SVリーグの大河(正明)チェアマンがある記事で、サッカーやバスケのような「なぜ変わらなければいけないか」という大義名分がない中でプロ化や法人化を進めることはコンセンサスが取りにくい、クラブの理解をなかなか得られないことは非常に悩ましいというコメントがありました。 だからこそ、本質的なところに立ち戻るべきだと思っています。 経済や市場規模を拡大したかったり、ファンを増やしたかったり、地域に愛されるクラブをつくりたいのであれば、しっかり自分たちのホストエリアを明確にして、一つのスタジアムでホストゲームをおこなうべきだと。 法人をつくって経営者という存在を明確にして人材に先行投資をしたり、リスクを取りながらチャレンジをしたり、売り上げ目標などの経営目標を作り、3年後や5年後にこうありたいという絵を描く。 そうしたあるべき姿を目指すために議論が深まれば、自然に法人化は進むはずです。 僕もいろいろなクラブの方と話をさせていただきますが、将来的に法人化を見据えている印象もあります。そこでリーグが背中を押してくれれば、一気にドライブがかかると感じています。 ――全チームがプロクラブとなれば、首都圏の一極集中も解消されるかもしれません。 企業の本社や工場がある場所が拠点であるというのは企業スポーツの発想なんです。その考え方が決して悪いことではありません。 ただ、いざ商売するとなれば、どこを拠点に構えて、どういった商圏でやるのがいいのか、どこのエリアであればスタジアムを確保しやすくなるのかなどといった発想になるはずです。 ラグビーのプロクラブを誘致したい自治体はたくさんあるはずです。清宮(克幸)さんの「新プロリーグ構想」にもあったように、W杯の開催地は特に可能性が高いです。ラグビーの魅力やラグビーの力を知っているわけですから。 トップリーグの時代のようにクラブが興行権をもたないリーグであれば、日本全国いろいろな場所でホストゲームをおこなうことがラグビーの普及になると考えることは理解できます。 一方で興行権をクラブが持つリーグでは、集客やコスト、マーケティングなどの効率を考えても1か所でやる方がベスト。いまのリーグワンにおいてはそのようなクラブを各地に生み出していくことがラグビーの普及になるんです。それが本来の姿だと思います。 ホストゲームで集客するためには単にチケットを売ればいいだけではありません。いろいろな場所にポスターを貼ったり、地元のメディアに出演したり、選手がイベントに出たり、ラグビー体験会をやったりと、365日ホストエリアの中でいろいろなことをやって地元の人たちが愛着を持って接してくれる。 そんな状況が積み重なったうえでようやくそれらの繋がりが生まれて少しずつ成果がでていくもの。複数のエリアでそのような活動をしてしまうと、リソースが分散してしまうのであまりにも非効率です。 ――第2フェーズでは、リーグは母体企業のサポート比率をD1平均60%以内とすることを目指しています。 最初は50%という話だったのですが、60%になったんですね。母体企業からの支援金額はそのままでその比率を減らすためには、他の売上の増加が必須です。ただこれは、試合数が増えなければ物理的に難しいことなんです。 ブルーレヴズでは現時点で全売上の3分の2程度をヤマハ発動機にサポートしていただいている状況ですが、試合数が22試合になり10月開幕となる2028-29シーズンにはその支援比率を50%程度にはしたいと考えています。 ――サラリーキャップも2027-28シーズンから導入予定です。 かなり踏み込んだと感じます。サラリーキャップは法人化よりも実現しにくい制度だと思っています。 選手会とも会話をしながら進めていかないといけないですし、サラリーキャップ制度を導入するなら抜け道がないようにきちんと管理監査をする必要もありますから。リーグとしては手間やコストもかかることなんですけど、それをリーグがしっかりと意志を持って進めることは良い方向性だと思いました。 ――来季の秋には「若手育成リーグ」が開催予定です。 こちらはリーグからアイデアとして示されていますが、具体的な話はこれからです。 何を目的に据えるのか、どういうルールでやるのか、ホスト&ビジターでやるのか、賞金を出すのか、順位をつけるのかなど、これから詰めていかなければいけません。 若手を育てることが一番の目的ですが、それだけだとこれまでの練習試合と何も変わりません。これまでもチーム間同士で試合を組み、Bチーム戦のような形で若手中心の試合も組んできましたから。 当然コストはかかりますし、クラブにとっては若手を育てること以外のモチベーションがないといけません。スタジアムのことを考えれば、はやく動かなければいけないと思います。 ただ、その時期(秋)にスタジアムが確保できるんだとしたら、レギュラーシーズンもできるはずなので、はやくホスト&ビジターフォーマット(22試合)を実現していただきたいですね。 PROFILE やまや・たかし 1970年6月24日生まれ。東京都出身。日本選手権(ラグビー)で慶大がトヨタ自動車を破る試合を見て慶應高に進学も、アメフトを始める。慶大経済学部卒業後、リクルート入社(シーガルズ入部)。’07年にリンクスポーツエンターテイメント(宇都宮ブレックス運営会社)の代表取締役に就任。’13年にJBL専務理事を務め、’14年には経営難だった茨城ロボッツ・スポーツエンターテイメント(茨城ロボッツ運営会社)の代表取締役社長に就任。再建を託され、’21年にB1リーグ昇格を達成。同年7月、静岡ブルーレヴズ株式会社代表取締役社長に就任