京都からハードウェア、ディープテックのエコシステムを加速 Monozukuri Hardware Cup 2024開催
2024年3月7日、8日の2日間にわたり、京都でディープテック・スタートアップ・エコシステムのあり姿を探るイベント「Deep Tech Forum Kyoto 2024」が開催された。このイベントは、1月にカナダ・トロントおよび米国・ピッツバーグ/ニューヨークで開催された連続カンファレンス「Deep Tech Forum」の大トリを務めるものとなる 【もっと写真を見る】
2024年3月7日、8日の2日間にわたり、京都でディープテック・スタートアップ・エコシステムのあり姿を探るイベント「Deep Tech Forum Kyoto 2024」が開催された。このイベントは、1月にカナダ・トロントおよび米国・ピッツバーグ/ニューヨークで開催された連続カンファレンス「Deep Tech Forum」の大トリを務めるものとなる。 京セラや村田製作所の例を待つまでもなく、京都は観光の街だけでなく、ものづくりの街としても知られている。その京都に本拠地を置く株式会社Monozukuri Venturesが京都のスタートアップエコシステムをさらに強力に推進すべく開催。国内外のスタートアップおよびスタートアップ支援者や投資家から大きな注目を集めた。 2日間にわたるイベントではさまざまな講演やパネルディスカッションが開催されたが、ここでは厳しい選考を勝ち上がった7つのものづくり企業によるピッチイベント「Monozukuri Hardware Cup 2024」の模様をお届けする。 8回目を数えるDeep Tech Forum、京都から日本のディープテックエコシステムを加速する ピッチイベント「Monozukuri Hardware Cup 2024」に先立ち、主催のMonozukuri Ventures CEOの牧野成将氏から、「Deep Tech Forum」および「Monozukuri Hardware Cup」の概要紹介があった。 「ハードウェア・スタートアップが成功するまでの道のりは非常に厳しい。これは日本だけでなく世界においても同様の認識が持たれており、米国では2015年からピッツバーグでハードウェア・スタートアップや投資家、アクセラレーター、企業などを集めた『Hardware Cup』というイベントが開催されるようになった。 日本は世界中からものづくり国家として認識されており、京都は特に製造業におけるポテンシャルを持っている。我々はハードウェア・スタートアップに関する課題解決に貢献するため、『Hardware Cup』と連携して『Monozukuri Hardware Cup』を2017年に立ち上げた。以来足かけ8年にわたり開催を続け、今回で8回目となる」(牧野氏) 「これまでに1000人を超える参加者、200社を超えるスタートアップによる応募があり、日本最大のハードウェア・スタートアップによるイベントのひとつとなっている。2017年優勝者の株式会社QDレーザは2021年にIPOを果たし、また2022年優勝者の株式会社SUN METALONは国内VCおよび米国の大学から8億円の資金調達に成功するなど、多くの実績を生み出してきた」(牧野氏) 京都大学や同志社大学をはじめとするアカデミックからの分厚い人材層があり、任天堂、ニデック、オムロンなど世界的な著名企業を擁する大都市である京都では、以前から若いスタートアップによる新しいエコシステムの構築に注力してきた。Monozukuri Hardware Cupは昨年からメインスポンサーに村田製作所を迎え、イベント会場にもなっている京都リサーチパーク株式会社(KRP)や松尾産業、京都試作ネット、モノづくり日本会議からの支援を受けてさらに国内外からの注目を集めるイベントへと成長を遂げている。 独自製品にかける情熱がぶつかるピッチイベント 「Monozukuri Hardware Cup」 「Monozukuri Hardware Cup 2024」では各社10分のピッチを行い、続いて3名の審査員からの質疑を行う。7社すべてのピッチ終了後、審査員が1位~3位までの入賞者を決めた。 「天然素材のタイヤ強化剤を開発」 リッパー株式会社 リッパー株式会社は、脱炭素社会に向けて環境に良い素材の社会実装を目指している。現在はタイヤに補強材として用いられているカーボンブラックに変わる天然素材のタイヤ強化剤の開発を進めている。 タイヤの補強素材は約100年にわたりイノベーションが起こっておらず、その結果として例えば海洋マイクロプラスチックの70%がタイヤダスト由来という報告もあり、EUで規制が導入されるともいわれている。リッパーは石油由来のカーボンブラックに代わってセルロースナノファイバーを用いたバイオゴム強化剤の開発を進めており、これによりCO2やマイクロプラスチックの排出量を80%削減することを目指している。 「我々の製品は2022年に国家プロジェクトにも採択されており、まだ課題は多いもののすでに環境に優しいタイヤ用の新素材の開発に成功している。我々の強みはタイヤのプロトタイプ生産から実地走行テストまでのサイクルを高速に回すことができる点にあり、昨年は600キロに及ぶ走行テストを実施し、基本的な走行性能は確認済みだ。 環境に優しいタイヤ補強材の市場は380億ドルと試算されているが、我々はまず自転車向けの交換タイヤ市場から参入を予定している。これも年間1億個の市場がある。価格も5年以内に従来型のタイヤよりも安くすることができ、市場規模は3年で1000万ドル、利益率は20%に達すると試算されている」(鈴木氏) すでにコンタクトを取ったメーカーからは非常に良い感触を得ており、今年はまずレンタル自転車店に導入して実際の道路での利用を開始することにしている。来年には量産を開始し、ASEANを手始めに、環境先進地域であるEU、そしてBRICSへと進めていく予定だという。 ピッチ後に審査員から注目している国について質問があった。鈴木氏はすでに交渉を開始しているところとして台湾の企業を挙げ、カーボンブラックに対する規制導入が議論されているEUについても金融機関と話を始めていると回答していた。 「水中ドローンを用いて船底に付着するフジツボの防着および除去に取り組む」 株式会社シーテックヒロシマ 海にはさまざまな課題がある一方、そのソリューションは個別課題の解決に特化しており、大規模かつ体系的なものとなっていない。そこでシーテックヒロシマは技術力で海洋課題のトータルソリューションを生み出すべく取り組みを進めている。 「現在我々は船底に付着するフジツボの防着および除去に取り組んでいる。フジツボが船底に付着することにより、CO2排出量の増加を引き起こすなど、国内のみでも年間1000億円の被害を生じている。 フジツボの付着を防ぐには船底に特殊な塗料を塗るのが一般的だが、使用できる素材には年々規制が増えており、それだけでは完全な解決が望めない。除去作業もさまざまな方法で取り組んでいるが、肉体的・精神的に大きな負担となっている。そこで造船所および地元工場と連携して、我々は水中ドローンを用いてこの除去作業を行う技術を開発している」(今井氏) 審査員からは水中ドローンに将来的に持たせたいと思っている機能について質問があった。今井氏は、GPSを活用してドローンの位置を把握し、船のどこにどのようなものが付着しているかデータを収集する機能、およびカメラ機能を持たせて画像データをクラウドにアップする機能などを挙げていた。 また、大きな船舶会社はすでに船体を掃除するソリューションを持っているが、それとの違いについても質問があった。これについては、藻類の除去については既存のソリューションがあるが、フジツボを除去するほどに強力なもので、かつ塗料を落とさないようにする技術はまだなく、シーテックヒロシマはそれに取り組んでいると今井氏は回答した。 「自宅で心電図データの取得・解析・診断を可能にするデバイスを開発」 株式会社ココロミル 心疾患は日本人の死亡原因の第2位を占めており、年間約21万人が死亡しているだけでなく、患者数も300万人を超えているという。一般的に人間ドックなどで心電図の検査を行ったりもするが、数秒の検査で心不全の可能性を発見することは難しく、より正確な検査をするためにはある程度の時間をかけて検査する必要がある。 ココロミルは独自の心電図測定デバイスを開発し、患者がそれを自分で体に装着することにより、24時間にわたり心電図データを取得・解析・診断するサービスを提供している。 「きちんと心臓の検査を受けて、その結果を受け取るには現状4日程度の時間が必要で、平日に病院に行くことが難しい社会人にとって大きな課題となっている。我々の検査キットを使えば自宅で検査キットを受け取り、自分でデータ収集を行うことができるため、このロスタイムを4分程度に縮めることができる。 人間ドックなどによる通常の検査では心疾患の発見率は10%程度であったが、1500人の健常者を対象に我々の検査キットを用いた検査を行ったら36%の人がフォローアップが必要と診断された。検査キットの利用は簡単で、88歳の祖母でも自分で利用できるものとなっている」(高橋氏) 検査キットの価格は1万円程度と想定しているが、これは人間ドックが3~5万円程度かかるのと比較すれば十分リーズナブルと考えているとのことだ。 審査員からはアップルウォッチなど既存のウェアラブルデバイスとの違いについて質問があったが、手首からしか情報を得ることができないデバイスと違い、より正確な情報を取得できる点、および医療用機器としての承認を受けているため、病院で提供する医療サービス(の一部)として利用可能だという点が強みだと回答していた。 「独自デバイスと検査法を開発して痛覚変調性疼痛の測定を可能に」 ハプキタス株式会社 脳の神経回路の変調が引き起こす痛み「痛覚変調性疼痛 (Nociplastic Pain)」は国内でおよそ1400万人に影響を及ぼすとされており、そのケアは非常に重要な課題となっている。しかしながら外傷などがないため、その痛みの度合いを判定する方法がなく、痛みの緩和や治療に支障をきたしていた。 ハプキタスはサーマルグリル錯覚を用いたデバイスPain Compassおよび検査法を開発し、痛覚変調性疼痛の測定を可能にした。 「Pain Compassはペルチェ素子を用いて温冷刺激を同時に提供できるデバイスで、スマートフォンのアプリを通じて使用することができる。AIによるパターンマッチングで痛覚変調性疼痛の診断を行い、痛みの定量化を可能にする。痛みの大きさに応じて処置を適切に変更することができる。 現在プロトタイプを提携病院で評価しているところで、アプリを通じて収集したデータはプライバシーを保護したうえで機械学習に活用している。鍼灸師を含む痛みの治療専門家がPain Compassの導入に前向きな興味を示している。2025年内に医療用機器としての承認申請を行う予定で、2030年までにグローバルでの利用を可能にしたいと考えている」(和田氏) 審査員からはPain Compassが“nice to have(あるといいもの)”なデバイスなのか、“must item(なくてはならないもの)”なのかについて質問があった。これに対して、ハプキタスの中尾氏は、現時点で痛覚変調性疼痛を測定する手法・機器がない点を挙げ、Pain Compassの優位性を強調していた。 「石油由来の合成繊維に替わる新たな繊維を開発」 Fiber-X 繊維市場は世界規模で拡大しているが、その多くを合成繊維が占めている。合成繊維の主原料が石油であることから、市場の拡大はその分だけ環境にも影響を与えてしまうことになるという。Fiber-Xは二酸化炭素と水素から製造できるポリオキシメチレンという素材を使った繊維で、これを用いて繊維業界を環境に優しい業界へと変えていこうとしている。 「私の家族は以前から大阪で繊維業を営んでいたが、社会課題の解決に資するような製品を作りたいと思っていた。そこでポリオキシメチレンを用いて繊維を作りたいと考え、資金援助を受けて、ポリオキシメチレンを用いた繊維の製造に関する研究を開始した。そこから生まれたのがFiber-Xだ。 合成繊維の市場は1200億ドルの市場を数多くの企業が分け合っている状態だ。事業化を早めていくためにスタートアップを設立して大企業と連携し、2025年にはISOの環境ラベルを取得したいと思っている」(圓井氏) 審査員との質疑応答の中で、政府やVCからの資金提供を受け、多様なタイプのFiber-Xを開発し、その用途を産業用などに拡大していきたいとの発言があった。 「海岸の漂着ごみを清掃するロボットの開発を進める」 Seaside Robotics 海岸に漂着するごみは世界中で問題になっており、世界で年間150億ドルものコストがかかっているといわれているという。Seaside Roboticsはこれを回収し、海岸をきれいにするロボットの開発を進めている。 「海岸の近くに住んで毎朝海辺を走ったらすごく気持ちがいいだろうなと思って、逗子市(神奈川県)に引っ越した。しかし現実はそんなに甘くなく、海岸はゴミだらけ。仕方なしにそれを拾い始めた。海岸を掃除する大型の重機もあるが、それを使うと海岸の生態系を壊してしまいかねない。そこで海岸掃除用の小型ロボットを開発することを思いついた。 NEDOからの資金提供を受けてプロトタイプの開発を進めている。単体のロボットではなく、太陽光による発電やドローンによる海岸の監視などを含むトータルシステムの開発を目指している。また、そこで得た知見を農地や山、川などにも適用していきたいと考えている」(横岩氏) すでに逗子市をはじめとする地方自治体との話し合いを開始しているSeaside Roboticsだが、そういったスタートアップとしてのあるべき姿やプロセス以上に「ロボットは海岸のごみ問題を解決する最良の方法ではないと思うが、それでも私はこれをロボットでやりたかった。なぜなら私自身がロボットを大好きだから」と率直に語る横岩氏の発言は審査員の心に響いたようだ。 「海外展開も視野にカテーテル関連尿路感染症予防デバイスを開発」 株式会社Medlarks 尿道カテーテルの利用に起因するカテーテル関連尿路感染症(CAUTI)は、世界で年間約1000万件もの症例が発生しており、24万人が亡くなっているという。また死亡に至らなくても入院を延長する必要が生じるなど、追加のコストもかかってくる。Medlarksはこの感染症対策デバイスの開発を行っている。 Medlarksのデバイスは尿道カテーテルと採尿バッグの間に入れて使用し、紫外線により細菌を殺すとともに、超音波振動によりカテーテルへの細菌の付着を防止する機能を持つ。 「このデバイスは主要なCAUTIの感染経路すべてに対応することができ、また抗生物質などを使わないため耐性菌を生じる心配もない。さらに既存のほぼすべての尿道カテーテルおよび採尿バッグと共に使用することができる。 既存のソリューションの多くはMedlarksのデバイスと比べて効果が落ちる。唯一の競合製品と呼べるものが2020年に英国で販売が開始されたが、高価だし日本でも米国でもまだ入手できない。もちろんインドなどの新興国では入手できない。我々のデバイスはもっと安価だし、インドなどでも販売を予定している」(松浦氏) 現時点でCAUTIの防止は完全に人手に依存しており、そのワークロードの軽減を目指している。2024年中にプロトタイプを完成させ、2025年に医療用機器としての承認申請、2026年または2027年に日本およびインドでの販売を開始したいとしている。 審査結果発表:製品や技術力、将来性、情熱などを評価 7社のピッチに続いて、上位3社の表彰が行われた。受賞者は以下の通り。 第1位:株式会社Medlarks 第2位:Seaside Robotics 第3位:リッパー株式会社 リッパーはピッチで示された高い技術力が評価された。Seaside Roboticsは事業にかける情熱が高く評価されるとともに、海岸の清掃だけでなく農業や都市など適用範囲の拡大が期待されていた。 優勝したMedlarksは製品だけでなく、事業面でも高い将来性が感じられたことが受賞理由として挙げられていた。逆にMedlarks側からは京都の試作ネットなどとの連携を期待している旨の発言があった。 ディープテックやハードウェアをカギに日本と北米をつなぐ 表彰式の後には、Monozukuri VenturesのプリンシパルであるSabrina Sasaki氏がクロージングスピーチを行ない、Deep Tech Forumの取り組みについて総括した。 「産業技術セクターにおけるグローバルVCのトップ40社に入っている日本のVCはMonozukuri Venturesだけになった。この状況を改善するためにはもっと日本の製造業を支援し、エコシステムを強化していかなくてはならない。Deep Tech Forumは日本、米国、カナダの3カ国のディープテックやハードウェアに関心ある人たちをつなぐことこそが重要だと考えている。 日本と北米の間でディープテックをカギにした戦略的連携により、以下の3つの課題を解決していきたい。 1)地政学的リスクに備えて代替国に向けた技術や設備の開発 2)ICチップや電子部品の不足にみられるサプライチェーンの混乱 3)クリーンエネルギーへの移行およびカーボンフットプリントの削減 今回のイベントには化学素材、半導体、電子部品などの業界における主要プレイヤーが参加した。これは製造業の専門家を多く抱える京都という場所のおかげだし、このようなイベントはなかなかない。それらの企業は海外でのパートナーを求めている。 Deep Tech Forumはニューヨーク、ピッツバーグ、トロントと北米に3つの主要なハブを持っているが、いずれも五大湖周辺に位置している。この地域は製造業が盛んで、大学や企業の人材も豊富で、スタートアップが顧客や連携相手を見つけるチャンスも多い。だから地元のハードウェア・スタートアップと関係のある人たちを今回のイベントに招いた。今回の2日間のイベントだけで終わるのではなく、明日も来週もその先も対話を続けていってほしい」(Sasaki氏) 最近のスタートアップによるピッチイベントでは、完全にゼロから起業したスタートアップだけでなく、歴史ある企業の2代目、3代目による新規事業開発からのスタートアップが増えてきた、という話をよく聞く。京都という土地はまさに歴史ある企業が集まっているところであり、それだけにスタートアップが生まれやすい環境が整っているとも考えられる。 一方で経済的には大阪の影響が強いため、グローバルな注目を集めてパートナー探しにつなげることが大阪と比べれば難しい側面もあるとされる。Monozukuri Hardware Cupが今後も継続開催され、京都発のスタートアップがさらに注目される機会となり続けることを期待する。 文● BookLOUD 根本 編集●ASCII STARTUP