すべて、至るところにある Everything, Everywhere リム・カーワイ監督インタビュー
●パンデミックがあっても、戦争があっても、生き続けることがとても大事
──劇中でジェイが「自分の前世はバルカン半島に住んでいたかもしれない」と語ってますが、実際、リム監督はなぜバルカン半島3部作を撮ろうと思ったんですか? リム 僕が最初にバルカン半島という存在を知ったのは歴史の教科書で、まさに「ヨーロッパの火薬庫」として、ずっと紛争があり不安定な場所というイメージでした。それで2016年に初めて実際にバルカン半島を訪ねてすごくショックを受けたんです。自分のイメージとはかなり違っていて、みんな平和に暮らしているし、治安もいいし、目立った対立もなかった。はたしてそれは表面的なものなのかどうか、実際に人々はどんな思いで暮らしているのかをもっと知りたくなった。その中でいろいろな面白い人物に出会っていくんですが、例えば『どこでもない、ここしかない』に出てくるフェルディというムスリム人は、ムスリムがやってはいけないこと、女の子を口説いたり、ドラッグをやったりするんです。私としてはそこにすごく魅力を感じて、最初にフェルディの話を撮った。そこからどんどん撮りたいテーマが広がっていって、結局3部作になったんですね。 ──今作でもフェルディさんは出てきますが「お前の映画には二度と出ない」と言って怒ってましたね(笑) リム そこをなんとかお願いして出てもらったんですが、3度目はないかもしれないですね(笑)。でも僕のような言葉も文化も違う人に対してああやって本音をぶつけてくる所は、逆に彼の情の厚さを感じますね。 ──モスタルにあるアーチ状の橋(「スターリ・モスト」)は内戦で一度破壊され再建された橋だそうですが、現在も東側のムスリム系地区と西側のクロアチア系地区をつなぐ架け橋として平和の象徴的な存在になっているんですね。 リム そうです。21世紀は戦争の時代ですが、ウクライナでもガザでも今だに殺戮が日々起こっている。つまり歴史が繰り返しているわけですよね。バルカン半島はいまは平和ですが、またいつか不安定になるかもしれない。再建されたモスタルの橋もそうですし、映画の撮影場所となった「スポメニック」も、かつての戦争で犠牲になった人たちを記憶する墓でありモニュメントです。この映画のメッセージは、パンデミックがあっても、戦争があっても、生き続けることがとても大事だということ。劇中のジェイは現実を生きることをあきらめてしまったけど、その対比を含め観てくれた人にいろいろ考えてもらえると嬉しいですね。