【いつも目標未達】「ダメな計画」を立てるリーダーが犯している“最大の過ち”とは?
まず第一に、各子会社のCEOの自尊心とオーナーシップを大切にすることが不可欠です。たとえ、そのとき業績が悪かったとしても、そのことを責めるのではなく、「どうすれば計画を達成できるか」と一緒になって打開策を考える。 そして、子会社のCEOを勇気づけて、元気になって現場に戻ってもらえば、その元気な姿を見た現場のメンバーも士気が上がるはずです。しかも、子会社のCEOも同じように、現場のメンバーの自尊心やオーナーシップを尊重し始めるはずです。ここに生まれるモチベーションが、「計画」を遂行する原動力となるのです。 また、常日頃から、経営トップが現場とのコミュニケーションを取り続けるスタンスも大切だと思います。 そもそも、経営トップが「あるべき姿」を描き出すためには、その前提として、できる限り現場を体感するとともに、現場の話に真摯に耳を傾け、彼らから学ぶことが不可欠です。現場が何を喜びにし、何に苦しみ、何に悩んでいるかを深く理解せずして、現場のメンバーが魅力を感じる「あるべき姿」など描けるはずがないからです。 あるいは、現場にとって実現するハードルの高い「あるべき姿」を描いた時に、現場の理解を得るためには、「あの社長は現場のことをよくわかってくれている。きっと、勝算があって言ってるんだろう」と思ってもらえるだけの信頼関係を築いておかなければなりません。そのためには、日頃から真摯なコミュニケーションを積み重ねる以外に「道」はないと思うのです。 そして、こうしたコミュニケーションがきちんと取れていれば、「中期経営計画」が現場の手足を縛る“数値コミットメント”に堕すことも避けることができるはずなのです。 ● 誤った「効率主義」が、 組織の効率を決定的に損ねる もちろん、初めて「中期経営計画」をつくる時には、数多くの子会社のCEOとゼロベースで合意形成をしなければならないわけですから、正直なところ、気の遠くなるほどのコミュニケーション・コストを支払う必要があります。 だから、せっかちな経営者であれば、「こんな非効率なことをやっていられるか!」となるかもしれません。実は、これこそが、「トップダウン型」か「ボトムアップ型」のいずれかの、シンプルな経営計画が増えている最大の原因なのかもしれません。 しかし、このような「効率主義」は間違いだと思います。最初の段階でしっかりとコミュニケーション・コストを支払うのは、長い目でみれば、極めて効率のよい「投資」だからです。 そのことを実感したエピソードをご紹介しましょう。 ブリヂストンのCEOに就任した私は、すぐさま「名実共に世界ナンバーワン企業になる」という「あるべき姿」を掲げ、定量目標として「ROA6%」、定性目標として「成長体質と増益体質を併せもつ事業体への変革」を明示。全世界の子会社CEOと膨大なコミュニケーションを取りながら、5年の「中期経営計画」を策定しました。 なかでも、私が重点課題として注力したのが、全世界に点在する工場の整理・強化でした。 ファイアストンの買収をはじめ、事業を大きく拡大してきたがために、国際競争力が低下した工場を抱えたままだったほか、今後の収益の柱を担うべき戦略商品を生産する工場を新設する必要に迫られていたのです。しかも、できるだけ速く……。 しかし、これが難題でした。 なぜなら、足元の需要に応じるために既存の工場をフル回転させている状況において、工場再編を進めることによって、万一、供給量を落とす事態を招けば、その間隙をついて、一気に他社にシェアを奪われてしまうからです。ディストリビューターにすれば、ある会社で欠品が生じれば、別会社の商品を扱うようになるのは当然のこと。一度そうなってしまえば、回復不能になるおそれがあるのです。 ところが、統廃合と新増設は同時に進めなければならないのですが、どうしても統廃合が先行して、新増設が遅れがちになるのが現実。このタイムラグが命取りになりかねないわけです。そのため、できるだけ速く成し遂げる必要があるのに、それができないジレンマを抱えたまま「中期経営計画」を策定するほかなかったのです。 ● 「100年に一度の危機」が、 「千載一遇のチャンス」である理由 そんななか、2008年にリーマンショックが起こります。 それに伴い、タイヤの需要が大きく減少。社内外は騒然としました。私のもとには、社内外から「これだけのことが起きたのだから、中期経営計画はご破算ですよね?」という質問がたくさん寄せられました。 しかし、私は「もちろん、状況変化が起きたのだから修正は加えますが、基本的な骨組みは一切変える必要がありません」と明言しました。なぜなら、「中期経営計画」のゴールである「あるべき姿」は、リーマンショックが起こったから変わるような性質のものではないからです。 たしかに、リーマンショックは大きな変化ではありますが、「経営環境が変わる」のは「中期経営計画」の前提条件。その「環境変化」に適応する必要はありますが、「あるべき姿」を変える必要はない。むしろ、「環境変化」によってコロコロ変えるのならば、そもそもそれは「あるべき姿」ではなかったと言うべきなのです。 むしろ、私は、リーマンショックを「100年に一度の危機」とやたらと騒ぎ立てる風潮に違和感を感じていました。もちろん、足元の需要はドーンと落ちていますから、目先の業績は苦しくなるのは目に見えています。それは、たしかに危機です。 しかし、目先の危機にばかり気を取られるのではなく、危機の先に起こる「自社の危機」をこそ恐れなければならない。そして、その視点から現実を凝視したとき、リーマンショックは「千載一遇のチャンス」であることに気づいたのです。 ● 「優れた計画」は組織を自由にする どういうことか? 国際競争力が低い工場を閉鎖することができず、稼働し続けなければならなかったのは、足元の需要に応えなければならないからです。ところが、リーマンショックで需要が大きく損なわれたわけですから、いまこそ、工場を閉鎖する絶好のチャンスなのです。 むしろ、このタイミングで閉鎖しなければ、大きなリスクを抱えることになります。なぜなら、リーマンショックから世界経済が立ち直って、タイヤの需要が元に戻れば、国際競争力が低い工場を閉鎖することができなくなり、再び稼働させなければならなくなるからです。 だから、私には、リーマンショックが終わらないうちに工場閉鎖と新増設をやらなければという一種の焦りがありました。しかし、私の要請を待たずとも、現場のCEOから続々と計画前倒しの提案が寄せられたのです。 ここに「機能する計画」の真髄があります。 もしも、私たちが「中期経営計画」を策定していなければどうなったでしょうか? いくら私がグローバル経営のトップだといっても、各子会社の業績に大きな影響を与える工場閉鎖を強引に推し進めるには無理があります。 その結果、全社を巻き込んだゼロベースの議論をしなければなりませんから、リーマンショックが起きた絶好のタイミングに即断することは不可能。つまり、ものごとを動かすのに膨大な手間と時間がかかってしまうということであり、即断即決が求められる局面で身動きが取れないという最悪の事態を招いてしまうのです。 しかし、私たちは、すでに侃侃諤諤の議論の末に、「中期経営計画」において工場の閉鎖について共通認識をもっていました。しかも、実施にかかる予算等もかなり固めていましたから、「計画を前倒しにする」ということさえ社内で確認できれば、即座に実行に移すことができるわけです。 このように、「計画」とは、一度決めたらそれを厳守するのが目的ではなく、むしろ、変化に即応するためにこそあるのです。 ただし、そのためには、「計画」を策定するプロセスで、経営と現場がしっかりとコミュニケーション・コストをかけて、「腹」を合わせておくことが絶対条件です。そして、この条件を満たした「計画」をつくることができれば、組織が硬直化することなどありえず、むしろ、市場の変化に応じて、臨機応変に組織の形を変えることができるようになるのです。 だから、私はこう確信しています。 「優れた計画」は組織を自由にする、と。そして、「優れた計画」を生み出すのは、経営と現場の「コミュニケーション」なのです。 (この記事は、『臆病な経営者こそ「最強」である。』の一部を抜粋・編集したものです)
荒川詔四