作家・金原ひとみさん 恋愛、過去の傷への向き合い方…「この物語は中年版『君たちはどう生きるか』です」著書『ナチュラルボーンチキン』
「40代以上の恋愛は、10代、20代のそれとは違うだろうと。二人には、世間一般でいわれている恋愛とは違う形の関係性を持たせたかったんです。恋愛未満であっても、友達であってもいいんですが、食事に誘いあったり、今日あったことを気楽に話せる人がいるだけで救われる部分ってありますよね。そうした寄り添いあえる関係を、描きたいと思いました」
──古い価値観の人間も描かれます。その象徴が<おじさん>。おじさんとは年齢ではなく属性だと定義する浜野のおじさん論、教科書に載せたくなりました
「一人称多視点で小説を書くようになってから、自分の意見と対立する相手をできるだけ設けるようにしています。理解できないものや嫌いなものであっても、その人に成り代わって考えることで見えてくるものがあるし、敵が強大であればあるほど、考え甲斐がある。私はおじさん的な感覚をぎりぎり理解できる世代でもあるので、上の世代と下の世代の緩衝材になっていくべきなんだろうな、と考えるようにもなってきました」
──浜野には不妊治療に苦しんだ壮絶な過去がありました。何かを失っても、何も持たなくても、なお人生にはその先があることを教えてくれる終盤の展開が圧巻です
「私もなかなか子供ができなくて悩んだ時期がありましたし、不妊治療をしていた友人もいるので、不妊治療をいつか書きたいと思っていました。中年になると皆、何かしら抱えているものがあると思います。時間がたってようやく話せるようになることもありますよね。年を重ね、いろんな火が消えた境地から人と関わることで得られる、新しい楽しみや刺激があるんじゃないか。というのが中年の魅力であり、私自身の希望でもあるので、いつまでもある程度の余白をもったまま生きていきたいと思っています」
■『ナチュラルボーンチキン』河出書房新社 1600円税込み
ルーティンをこよなく愛し、出版社の事務職を淡々とこなす45歳の浜野文乃はある日、バイタリティあふれる20代の編集者・平木直理に出会う。さらに平木に連れて行かれたライブで41歳のバンドマン<かさましまさか>と知り合うと、日常が予測不可能なものになっていく。浜野は少しずつルーティン生活を脱し、友情とも恋愛とも名づけがたい関係を、まさかと築こうとする。そして新しい人生を生きるために、不妊治療に苦しんだ過去に向き合い始めるのだった。