「ホロコーストはなかった」 嘘はどうやって事実に格上げされるのか?
米国のユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュタット氏は2000年、英国の歴史家デイヴィッド・アーヴィング氏に名誉棄損で訴えられた。「ナチスによるホロコースト(ユダヤ人虐殺)はなかった」と声高らかに訴えるアーヴィング氏の「意見」とも「嘘」ともとれる主張を、リップシュタット氏が自著『ホロコーストの真実』で批判したからだ。 舞台は米国ではなく、英国の法廷へ。英国では起訴された者が出廷を拒むと有罪になる。それは、同時に「ホロコーストはなかった」を認めることになる。リップシュタット氏には、法廷で闘うしか選択肢はなかった。 「ホロコーストはあったのか? なかったのか?」世界中が注目したユダヤ人歴史学者VSホロコースト否定論者の前代未聞の法廷対決を描いた映画『否定と肯定』が8日より公開される。その原作となる回顧録を記したデボラ・E・リップシュタット氏が10月下旬に来日し、裁判前後の心情と「嘘」が「事実」に捻じ曲げられるプロセス、そして私たちは嘘の情報にどう立ち向かっていけばいいのかを聞いた。
デボラ・E・リップシュタット氏、裁判を経て、人物としての私は変わらなかったが、使えるツールが増えた
同作でレイチェル・ワイズの演じたリップシュタット氏は、確固とした信念を貫き、疑問や疑念があれば一片も残さずクリアにしてから、前に突き進む強さを持ったカッコいい女性だった。実際に対面したリップシュタット氏は、そのイメージに加え、おおらかで飾らず包容力が感じられる女性だった。そんな強いイメージのリップシュタット氏だが、実際に訴えられたとき、そして裁判にはどのような気持ちで臨んだのだろうか? 「裁判中よりも最初がとても不安でした。何が起こるかわからないし、どう闘うかも自分で見えていなかったし、だれを弁護士にするかもわからなかったし、迷子のようなどうしていいかわからないような気持ちでした。怖かったあの時と今、ここに座っている私は、全然違う世界にいるような感じです」 あれからもう17年。裁判を終えて、リップシュタット氏の中で何か大きな変化はあったのだろうか? その問いに対しては、意外にも「とくに変わってはいない」という答えがあった。しかし、得たものはあったという。 「あえていうなら、私の使えるツールが増えたことですね。より大きな、つまり多くの方に語りかけられるような、より大きなメガホンを与えられたそんな気がします。人物としての私は変わっていなくて、でも今、こうしてあなたに私にとって大切なことを話せるようになりました」