「ホロコーストはなかった」 嘘はどうやって事実に格上げされるのか?
「嘘」はどうやって「事実」に歪められていくのか?
多くの被害者や目撃者が存在する中で、「ホロコースト否定論」は、「地球は平ら」だと主張するのに等しい。しかし、アーヴィング氏の主張は多くの人々のみならず、大手メディアも「正しいかもしれない」と信じた。なぜそのような事態が起こってしまったのだろうか? 「この裁判の前は『見解』と『事実』しかないと思っていました。しかし、今では私の中では、その2つのほかに『嘘』もあるということを知りました」 ホロコースト否定論者の手口は、初めは「嘘」を「斬新な見解」や「型破りな見解」として、議論の必要性を訴え、その後それを「事実」に歪めてしまう、という。 「“ナチスはそれほど悪ではなく、連合軍はそれほど善でもなかった。そして、ユダヤ人に起きたことは自業自得だ”、と結論にしてしまうのです」 「嘘」が「見解」を越えて「事実」に格上げされていくプロセスを聞いて、背筋が寒くなるような気がした。 今はネットで誰もが「嘘」や「見解」をSNSなどで発信できる時代になっている。身近に転がり、しかも恐ろしい速さで拡散する「事実」と見せかけられた「嘘」があるとしたら、それをどう見破っていけばいいのだろうか? 「じつは私も『嘘』に惑わされたことがあります。私が好ましく思っていなかった右翼政治家が人種差別発言をしているという投稿をフェイスブックで見つけたんです。自分の主張を補うような都合のいい情報だったので、うっかりツイートしそうになってしまったのですが、そこで一旦、立ち止まって、これが事実ならほかのメディアでも記事になっているはずと考えました」 後でじっくり調べてみると、誰も知らないようなそのメディアだけが、発信している情報だったという。 「自分にとって都合のいい情報こそ、疑念を持って出典を精査することが大切です。自動車やカメラなど高価な買い物をする消費者のように振る舞うとよいでしょう」 いともたやすく「嘘」が「事実」に格上げされるという現実を、まずは認識しておくことが重要だ。 ■デボラ・E・リップシュタット 1947年生まれ。米・ジョージア州エモリー大学教授。現代ユダヤ史、ホロコースト学を教える。主な著書に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』(恒友出版)、『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、『アイヒマン裁判』(原題:The Eichmann Trial)などがある。
『否定と肯定』12月8日(金)、TOHOシネマズ シャンテ 他全国ロードショー配給:ツイン (C)DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016