選択的共同親権の制度導入で忘れてはいけない「子どもの利益」
平田 厚(明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授) 2024年5月、夫婦の離婚後も父と母の双方が親権を持つ「共同親権」を新たに導入するなどの民法改正案が国会で成立しました。養育費の未払いや子どもとの面会拒絶などが社会問題になるなか、一定のニーズにこたえた改正となりましたが、この間の議論からは「子どもの利益」という重要な視点が抜け落ちているといった指摘があります。
◇「共同親権制度」ですべてが解決するわけではない 日本では長年、夫婦が結婚している間は共同親権ですが、離婚した場合はどちらか一方の親が子どもの親権をもつ単独親権の制度でやってきました。しかし、離婚後も共同親権制度を取り入れるのが世界的なトレンドとなるにつれて、日本でも導入の議論が進んでいきました。 ところが、日本での共同親権制度をめぐる議論をみていますと、もっぱら「親の権利」の話として語られる場合が多いように思われます。 諸外国ではむしろ、共同親権は「子どもの権利」として議論されてきました。日本のように親権=parental rights(親の権利)という言い方はあまりせずに、子どもが監護される権利=custody(監護権)、あるいは親の責任や義務=parental responsibility(親責任)の面から共同化の話が進められてきたのです。 つまり、日本では親の権利として「親権」が、諸外国では子どもの立場からの「親権」が語られており、この辺りの議論の噛み合わなさが、日本の共同親権制度をめぐる法整備の議論にも表れているように思います。 さて、2024年5月17日に成立した家族法改正法では、共同親権は選択式になっています。夫婦が離婚するときに、話し合いによって単独親権か共同親権かを選択することができ、話し合いがまとまらなければ家庭裁判所が判断するという建て付けです。 もちろん前提として、両親が離婚しても子どものために共同で義務を果たすべきだという理念自体は正しく、離婚後も共同親権制度によって父と母が協力し合えたら、それは子どもにとって望ましいに違いないと思います。 しかし、この制度が本当に子どもの利益にかなっているのかという点では、いくつか疑問を感じざるをえません。 たとえば今回の改正法では、裁判所の判断で共同親権を選択できない、つまり父母の一方を親権者と定めなければならないケースとして、たとえば児童虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)のおそれがある場合としています。 法文ではいちおう「その他の父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるとき」との一般的な条項も置かれてはいますが、見方によっては虐待やDVがない場合は原則として共同親権になるというふうに受け取られかねません。 私は弁護士として夫婦の離婚や親権をめぐる係争にも携わってきましたが、その経験から言っても、今回の制度上で家庭裁判所の審判に委ねる場合というのは、父と母が親権について合意できていない場合、とりわけお互いに顔も見たくないようなケースが想定されます。 当然ですが、必ずしも共同親権制度を導入したからといって、高葛藤の親どうしの激しい対立関係が解消されるというふうには思えません。そして、共同親権の状態で両親の意見が割れて話し合いが行き詰まったとき、もっとも皺寄せがくるのは子どもなのです。