作家の平野啓一郎（左）、俳優の池松壮亮（右）。

「あまりの面白さに圧倒され、ゾクゾクしました」 俳優・池松壮亮にそう言わしめ、ついには原作者に映画化の直談判まで行わせた小説がある。平野啓一郎の『本心』（文藝春秋）だ。 【全画像をみる】池松壮亮が平野啓一郎に直談判して映画化。死んだ母をAIで甦らせたら、知らない一面が見えてきて… 同作は2021年に出版、2024年11月8日に映画が公開予定となる。キャストは池松を始め、田中裕子や妻夫木聡、綾野剛、仲野太賀、田中泯らと豪華だ。 池松をそこまで動かした『本心』の魅力、そして映画化に対する想いを池松と平野が対談という形で語り合った。

「遺影の最新版」みたいになるのかなって

映画版の舞台は2025年から始まる。「大事な話があるの」── そう言い残したまま母（田中裕子）が”自由死”を選び急逝。 主人公である朔弥（池松壮亮）は、母親の本心を知るべく、母のパーソナルデータを集約させ、AIで彼女を蘇らせる。しかし、AIとなった母と他愛もない日常を過ごすうちに、徐々に母の知らない一面が現れてくる。 原作執筆の経緯について平野はこう語る。 「AIが発達した結果、ライフログを学習すると、その人そっくりに喋るAIが登場しました。亡くなった人を偲ぶ時、昔は油絵や肖像画が頼りでしたが、それが写真になり、動画になり、今ではインタラクションが可能になった。『遺影の最新版』みたいな感じが実現するのかなと思ったんですよね」 最初はそれを肯定的に書こうと思ったという平野だが、執筆するうちにAIと人間は一緒ではないという考えが強くなり、当初の構想からは違う形になっていったという。 小説は2019年から新聞各紙で連載。連載中にコロナ禍に突入した。世界中の人たちが家に閉じこもり、仕事はリモートワークが中心に。リアルとバーチャルの境界があいまいになっていった。 撮影で訪れた中国で、隔離期間中に原作を読んだ池松は、本作で描かれた世界に衝撃を受けた。 「作品にコロナは描かれていないけれども、アフターコロナの世界像がすでに描かれていました。暗闇の中で自分たちはどこに向かうのか、『本心』の中にははっきりと広がっていて、まずそのことに非常に衝撃を受けました。 あらゆる社会問題が拡張した未来で、主人公の朔弥はさまよいながらも、他者に自分を見出し、なんとか生きる実感を手放さないように一生懸命生きている。そんな彼にも魅了されました」 池松は本作の映画監督となる石井裕也に対し「映画化するべきだ」と勧め、平野のもとへ共に映画化を直談判しに行った。 「俳優が出すぎた真似をしていいのかなと思うところもありましたけど、説得材料になればいいかなと。ファンでしたから、単純に会ってみたかったのもあります（笑）。でも、映画化権はもう絶対に取られているだろうなと思いました」 だが、実はオファーとしては最初だったという。俳優が自ら交渉のテーブルに着いたことは、平野を驚かせた。 「俳優がどうしてもやりたいと思って監督さんと組むという経緯自体ちょっと珍しかったし、実際に会ってみたら池松さんが映画に対して非常に真面目な考え持っていて心を打たれました。 本作の主人公である朔弥は、ナイーブでピュアな心をもった青年なんです。真面目に物事を考えながら行動する朔弥と、池松さんの映画に対する真摯な姿勢は響き合うような気がして。その場で『よろしくお願いします』と映画化を承諾しました」 『月』『舟を編む』などで知られる監督で、脚本も務めた石井裕也もまた、熱量の塊だった。池松は石井とこれまで8作品を共にしてきたが、脚本を書き直した回数はこれまでで一番多かったと池松は語る。実際、100稿近くまで改稿を重ねている。平野は「最初に上がってきた脚本からすでに面白かった」と話す。 「『本心』は情報量が多い（※注：単行本は449ページ）ので、ストーリーをなぞるような形で映画化しようとすると、あらすじみたいになってしまう。映画にするなら、一回解体して再構築するしかないと思っていました。なので、原作にはない場面や設定があることには同意しています。 もちろん意見は言いましたが、出来上がった映像を見て、脚本からは僕がイメージしきれなかったような映像表現がたくさんありました。何より、役者の皆さんが脚本の言葉に血肉を通わせて一つの物語にしてくれたことは幸福だったと言うほかありません」