池松壮亮が平野啓一郎に直談判して映画化。死んだ母をAIで甦らせたら、知らない一面が見えてきて…
「大好きだったおじいちゃんと脳内で対話している」
撮影の際に印象に残ったシーンについても二人は語り合った。公開前のため、ネタバレにならない範囲で紹介しよう。 作中で朔弥は、AIとなった母が投影されたカメラつきゴーグルをつけて話すことになる。池松は、AIとはいえ、母を演じた田中裕子と仮想空間で再会できたシーンが心に残っていると語る。 「というのも、僕自身も15歳の時に大好きだったおじいちゃんが亡くなっているんです。だけど、何回も何回も脳内で未だにおじいちゃんと対話していますし、再会しています。 だからこそ、撮影で母と再会したシーンでは、テクノロジーがあまりにもその境界線を曖昧にしてきていることへの恐怖を感じて……」 言い淀みながらもこう続ける。 「でも、やっぱり、再会できることの喜び、対話できることの喜びもあったんです。複雑な感情でした。朔弥として、まだ誰も同時代に生きる人たちが到達していない未来に、ちょっとだけこの物語を借りて行ってきて、そこで新しい“人間の悲しみ”を見てしまったような感覚でした」 撮影現場に足を運んだ平野もまた、撮影のためにカメラつきゴーグルをつけて母と再会する池松の姿が印象的だったという。 「ゴーグルをかけてる姿は傍から見ると、なんというか、滑稽さと物悲しさみたいなものが非常にリアルに感じられて。そこが良かったですね」 なお、原作では舞台設定は2040年となっているが、映画では2025年と来年に設定されている。この点については、平野は「思っていたよりテクノロジーの進歩が早かった」と指摘する。 「亡くなった人をAIで甦らせるという設定自体、新聞連載をしていた時にはみんなピンときていていませんでした。 ですが、NHKが2019年の紅白歌合戦で美空ひばりさんの歌声をAIで甦らせるというプロジェクトをやりましたよね。実家で新聞連載を読んでいた母も、それで『やっと分かった』と言ってくれました(笑)」 本作にはAI監修として理化学研究所の清田純教授が入っているが、池松によると、専門家らの声としても「公開は来年だと遅かったが、去年ではまだ認識が追いついていなかったかもしれない。とにかく今年なんだ」と言ってもらえたのが嬉しかったという。 実際、本作に登場する母を模したAIはテキストベースであばChat GPTで近いものを作り出すことができるだろう。すでに韓国や中国では、故人を再現したチャットボット「デッドボッド」がサービスとして販売されている。 また、ゴーグルは2024年6月に発売されたApple Vision Proを彷彿とさせ、仮想空間で母以外の他者とアバターを介して話すシーンはVR Chatを連想させた。 こういった点については、「原作の2040年の舞台設定から、映画では監督が意図的に現代に寄せている」と池松は説明している。 試写を観た私としても、いま見るからこそ面白さが増す映画だと感じた。ほんの少し未来の喜びと悲しみを、ぜひ劇場で体験してほしい。 (敬称略、取材・文・写真:野田翔) 公開情報 『本心』11月8日(金)より全国ロードショー 配給:ハピネットファントム・スタジオ (C)2024 映画『本心』製作委員会
野田 翔