巨大な細胞「筋線維」が備える高度なシステム 激しい運動や生きるための諸問題に対応するため
大きな生物ほど長く太い筋線維が求められる理由
今回は、細胞としての筋線維の特徴について考えてみたいと思います。 まず人間の体のサイズを考えると、その原動力となる筋肉は非常に巨大な組織です。そのため、当然のように筋線維のサイズも他の組織より大きなものになります。 トレーニングで肥大した筋線維【日本ボディビル選手権ファイナリスト】 たとえばヒジを曲げる上腕二頭筋の長さは十数㎝。これが収縮する際、根もとだけが縮んで先端が緩んでいるような状態だったら力が伝達されず運動にはなりません。ですから筋肉の全長にわたって同期し、端から端まで一気に力を伝えるような収縮をすることが求められます。その際、細胞がいくつにも分かれていると、それらの電気的活動と力を伝えていく上で時間のロスが生じてしまうので、1個の長い細胞が筋の全長にわたっているほうが好都合と考えられます。 そして10~15㎝という長さの筋線維全体に素早く電気信号を伝えるには、それなりの太さも必要です(電気信号の伝導速度は細胞の太さに依存します)。 つまり、体のサイズが大きな生物ほど、筋線維にもそれなりの「長さ」と「太さ」が求められるのです。 長さが10㎝以上の筋線維があるとすると、太さは少なくとも50μm(マイクロメートル)くらいは必要でしょう。これは他の細胞と比較すると圧倒的にビッグサイズ。典型的な細胞の大きさは、球体で考えると直径20μmくらいだからです。 筋線維は、その巨大な体をコントロールするために細胞の中にたくさんの核を持つ「多核体」という構造をとっています。 マウスやラットの場合、核の数は長い筋線維で700個くらい。人間のデータは明らかになっていませんが、さらに多いはずです。たとえば大腿四頭筋であれば、筋線維1本に千個以上の核が含まれていると予想されます。核は細胞が必要とするタンパク質の合成・分解を調節するセンターと言えます。巨大な筋線維は多数の核の「共同作業」によって維持されていると言えます。 一方、そのような構造の代償として、抱え込んでしまった問題もあります。 まず情報を伝える物質やタンパク質などの栄養素の輸送の効率が悪くなってしまうこと。 そもそも普通の細胞が直径20μm程度のサイズを維持しているのは、そうした輸送をスムーズに行なうためと考えられます。1個の核が細胞の隅々まで面倒を見るのには限界があり、その範囲が直径20μm程度なのでしょう。 それをはるかに超えたサイズの細胞を維持していくには、それぞれの核が責任を持って自分の縄張りを管理しなければいけません。しかし、時には何かの拍子に縄張りから外れる部分が出現してしまうかもしれません。トレーニングなどで筋線維がさらに肥大した時にも、どの核からも面倒を見てもらえない無法地帯のような場所ができてしまう可能性が考えられます。 また、巨大な筋線維は数百個もの細胞が1個にまとまっているようなもの。その一部が断裂して死んでしまうと、数百個の細胞が同時に死んだのと同じくらいの大きなダメージを負ってしまいかねません。これも重大な欠点でしょう。 細胞には、その機能が落ちてくると自殺をする「アポトーシス」というプログラムがインストールされています。筋線維の一部にアポトーシスが起こった際、それが全体に影響を及ぼしてしまうと非常にやっかいなことになります。 このような問題が起こる可能性がある以上、それに対処するシステムも必要になります。 たとえば、トレーニングなどで筋肉が太くなる時、核の数が増える仕組みのあることが最近の研究からわかってきています。それによって無法地帯の出現を防いでいるのでしょう。 また、筋線維の一部が切れたり、アポトーシスを起こしたりした場合には、部分的な修復を施すことで全体の死滅を回避しています。 実際、筋線維の中では局所的なアポトーシス(「プログラム核死」とも呼びます)が常時起こっているとも考えられています。死んだ核はそのまま消滅してしまいますが、その箇所に新しい核が供給されることで、むしろ若返りを図るようです。 このように、筋線維は自身にふりかかるさまざまな問題に対応できるシステムを備え、激しい運動をする組織にふさわしい粘り強さとたくましさを持った組織であると言えます。