【いま行くべき究極のレストラン】魚と向き合うフレンチを追求する「馳走 西健一」へ
「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。第3回は、究極の魚を求めて意欲的なシェフが集う焼津でも脚光を浴びる「馳走 西健一」を訪ねた。 【写真】「馳走 西健一」のスペシャリテ パイ包み焼
鮮度の高い魚を求めて広島から焼津に移住し、魚と向き合うフレンチを追求する「馳走 西健一」
静岡県焼津市に「サスエ前田魚店」という魚屋がある。駅から車で10分ほどかかるロードサイドにあり、大きな看板が目印の中規模の店だ。中に入ると、全国から集まった魚や冷凍食材、総菜、干物などが並べられ、一見では、地元の普通の魚屋としか思えない。 ところが、5代目の前田尚毅社長が地元の漁港をまわって買い付け、仕立て(美味しくなるように処理すること)た魚の質が抜群であることから、その評判が口コミで広まり、TBS「情熱大陸」やNHK「ガッテン!」で紹介されたり、全国の一流シェフが彼の魚を求めて焼津に集まるようになった。 その中のひとりが、生まれ育った広島で独立し、フランス料理「馳走2924」を経営していた西健一シェフだった。彼は広島で修業していた時代に前田さんの魚と出会い、惚れ込んだ挙句、地縁のまったくない焼津に移住し、前田さんの魚を使うレストラン「馳走 西健一」を開くことにしたのである。しかもコロナ禍まっただ中の2022年6月のことだ。 「広島時代から少しずつ、前田さんの魚を使わせていただいていたのですが、なかでも『もちうまカツオ』と呼ばれるカツオの旨さには感動していました。ところが焼津にうかがい、前田さんと一緒に『シンプルズ』というフランス料理店を訪れたときのことです。同じカツオを使った料理を食べたときに衝撃を受けたのです。前田さんの仕立てた魚は素晴らしいのですが、広島に届くまでにはどうしても1日半かかる。ところが焼津で当日店に届いた魚は別次元の旨さなのです。ああいう魚を毎日使いたい、と心から思いました」 西さんは移転したきっかけを、こう話してくれた。 西さんは最初からシェフ志望ではなかった。ただ、食べることが好きという一心で地元の飲食店でアルバイトをはじめたことからスタート。次第に料理への向上心が芽生え、東京のフランス料理店で学び、最後はフランスまで修業に出かけたのである。 「1年ほど学んで帰国するときに知り合った方から『友人が広島で割烹をオープンする』という情報を聞きました。魚を扱うならやはり日本料理の勉強をしたいと思い、働かせてもらったのが、和食の師匠である平野寿将さんの『馳走 啐啄一十(ちそう そったくいと)』でした」 平野さんからは多くの学びを得たが、店を出して一年ほど経った時に彼が「サスエさんという魚屋があるんだけれど、そこから魚を取ってみようと思う」と相談されたのが、前田さんと知り合うきっかけになった。 「届いた魚を見て驚きました。発泡スチロールの箱に入っていたのですが、魚の状態が見たことがないくらいキレイだったんです。うろこもひとつもないし、氷も溶けていない。魚のクオリティもすごかったのです」 その後も前田さんが家族で店に来るなど、西さんと前田さんの関係は深まったが、西さんは独立してすぐに前田さんの魚を使いはじめたわけではなかった。 「自分の調理技術が前田さんのレベルの魚を扱えるほどではないとわかっていたので、最初は広島の魚だけを使っていた。でも一年ほど経ち、どうしても使いたくなり、平野さんに相談して前田さんに頼んでいただきました」 当時の店「馳走2924」は、喫茶店の居抜きでカウンター4席とテーブル2席、ワンオペで回していた。ランチ2000円、ディナー5000円で始めたが、次第に自信を深めつつあったときに、冒頭に書いたような、焼津で当日店に届いた魚は別次元の旨さという「事件」に遭遇したのである。ちょうど当時の店を改装するか移転するか悩んでいた時期でもあり、なんとはなしに前田さんに相談したところ、「じゃあ、来る?」と言われた。しかもその夜に平野さんに聞いたら後押しされ、決意したのが2021年5月。あっという間の出来事だったのである。 そして年内に閉店、焼津に「馳走 西健一」を開いたのが2022年6月だった。 立地にも恵まれた。せっかくなら前田さんの店にすぐ取りに行けるよう、近所を探していたが、ちょうど閉店したとんかつ屋を前田さんが買い取り、店にしようと思っていた場所を借りられることになったのだ。 内装はゼロから作り上げたが、料理の過程を見せられ、すぐに出せるよう、カウンター8席のみとした。料理は前田さんの魚を主にした駿河湾の魚介を使う「駿河キュイジーヌ」を掲げるが、一部に生まれ故郷の広島の食材も織り込んでいる。 今回西シェフに作っていただいたのは、「カマスのフリット、トマトソースとペコロス添え」「アジの刺身、紫玉ねぎのソースと山椒オイル」「いわしのパイ包み焼、ブールブランソース」「サバのまっくろ焼き、紫キャベツ添え」「ブイヤベースのリゾット」の5品。どれも前田さんの魚を使った料理だ。 カマスのフリットは、ふっくらと揚がり、カマスとは思えないくらいに分厚いし、大ぶりなアジはいわゆるアジ臭さがまったくなく、ナイフで切ると反発力がすごい。 「前田さんの魚の特徴は保水性がすごいこと。熱を入れてもドリップが出ないから身がふくらみ、うまさが凝縮されるのです。アジも噛み切るときの弾力が美味しいので、アジを大ぶりに切って、ナイフを使って召し上がっていただこうと思いました」 広島時代からのスペシャリテであるパイ包み焼は焼津に来て、さらにヴァージョンアップした。この日は新鮮なマイワシを大葉にくるみ、オーブンで浅く、半分レアになるよう、火を通した。 西さんが未来のスペシャリテに考えているのが「サバのまっくろ焼き」だ。サバをヒッコリーの炭で瞬間的に燻製して、中はほぼレアに仕上げている。こちらもサバの弾力がすばらしい。 〆はブイヤベースのリゾット。焼津で獲れる小魚やあらをたっぷりと使い、ほかの料理で使った魚の端材を一緒に入れて、魚のうまみをしっかりと、富士宮産のもち麦と玄米に吸わせている。 いただいて感じたのは、これまで個々の魚の持ち味だと思っていたのは、魚の状態がよくなかった故に感じられたものなんだなあということ。アジもいわしもサバも、ブラインドで食べれば青魚だとはわからない。 「前田さんのすごいところは、魚を仕立てるときの温度管理にあると思っています。僕らシェフは魚を料理して旨くすることが仕事ですが、前田さんは水や氷の温度をコントロールして、魚の旨さを極限にまで引き立てる“仕立てのシェフ”なんです」 前田さんの魚を使いたいがために、わざわざ県外から焼津に移転したのは西さんだけだが、前田さんの魚を扱うため毎朝、サスエ前田魚店に通う焼津近郊の飲食店主には、「天ぷら成生」の志村剛生さん、「茶懐石 温石」の杉山乃互さん、「シンプルズ」の井上靖彦さん、「日本料理FUJI」の藤岡雅貴さん、「なかむら」の中村友紀さんなどがいる。彼らはこの数年、いつしか「チーム前田」と呼ばれ始めた。 デスティネーションレストランは周囲にある生産者や流通とは切っても切れない関係にあると私は思っている。そう考えると、西健一さんのように、前田さんの素晴らしい魚を使いたいがために自分から食材のある場所に移転するような事例は今後、もっと増えるに違いない。 わずか一日半の流通時間の差がこれほどまでに味の感動を与えるという事実こそが、デスティネーションレストランの原点だと私は思う。 馳走 西健一 住所:静岡県焼津市西小川4-8-9 ※8月1日~9月9日まで臨時休業にともない、現在、新規の予約受付を一旦停止しています。 BY KOTARO KASHIWABARA 柏原光太郎 ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』。