『ルート29』生と死が溶け合う世界のポリフォニー
森井監督流「アントワーヌ・ドワネルの冒険」
『ルート29』のインタビュー記事を丹念に追っていくと、森井監督がしきりにポリフォニー(多声)というワードを使っていることに気付く。おそらく、原作「ルート29、解放」に紡がれた詩から、一義的ではなく多義的なイメージを受け取ったということなのだろう。 いくつもの光の筋が飛び出してきて、その眩い光をひとつずつ丁寧に集めていく。どうやら森井監督には、テキストを単なる文字情報ではなく、豊潤なビジュアルへと変換させる能力が備わっているようだ。ハルと同じように森井監督自身も、世界をスーパーフラットな視座で眼差している。 インタビュー映像を拝見すると、監督の眼鏡がこれでもかというくらいに下にずれている時があるのだが(見にくくないのだろうか?)、ひょっとしたらこれが「世界をスーパーフラットに眼差す」秘訣なのだろうか。裸眼で見る世界と、眼鏡を通して見る世界を、分け隔てることなく同時に観察する能力。くりくりした眼で、森井監督はこの世とあの世のあわいを見つめている。生と死が溶け合う世界のポリフォニーを。 『こちらあみ子』、『ルート29』ときて、次回作はどんな映画を我々に届けてくれるのだろう。筆者には、予感めいた思いがある。3作目も大沢一菜を迎えて映画を撮ってくれるのではないか、という予感。『こちらあみ子』の原作小説を読んで、森井監督は「あみ子は俺自身だ!」と確信したという。そしてあみ子も本作のハルも、ほぼ同一人物。つまり演じている大沢一菜は、森井監督自身のアバターといえる。 そこで思い出されるのが、フランソワ・トリュフォー監督の「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズ。トリュフォーは自分自身をジャン=ピエール・レオ演じるアントワーヌに託して、『大人は判ってくれない』(59)、『アントワーヌとコレット』(62)、『夜霧の恋人たち』(68)、『家庭』(70)、『逃げ去る恋』(80)という一連の作品を発表した。 およそ20年にわたって、同じ監督が同じ役を同じ俳優で描き続けるというのは、映画史を振り返ってみても珍しい。思春期のやりきれない葛藤を、甘酸っぱい恋を、人生の岐路を、フランソワ・トリュフォーは瑞々しいタッチで描出した。役名こそ異なるものの、風変わりな少女がやがて大人になっていくまでの森井監督流「アントワーヌ・ドワネルの冒険」を、筆者はどうしても期待してしまう。 きっと3作目でも、森井監督の圧倒的なイメージの奔流に拮抗できるだけの言葉を持ち合わせることができず、筆者はそそくさと試写室をあとにするのだろうけど。 参考資料: U-NEXT特別番組「ルート29 エピソード0 ~旅立つ前に~」 文:竹島ルイ 映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。 『ルート29』 11月8日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 配給:東京テアトル リトルモア ©2024「ルート29」製作委員会
竹島ルイ