『虎に翼』穂高(小林薫)や雲野(塚地武雅)ら、男性たちの言葉はなぜ寅子を絶望させたのか。「無理解の善意」が人の心を折る地獄【第7•8週レビュー】
「本気で、地獄を見る覚悟はあるの?」 母・はる(石田ゆり子)の問いに「ある」ときっぱり答えることから始まった寅子(伊藤沙莉)の弁護士人生。けれど、その地獄は想像以上のものでした。 【画像】よね(土居志央梨)に背を向けられた寅子(伊藤沙莉)が切なすぎる…『虎に翼』7•8週の場面写真(5枚) 努力に努力を重ねて、高等試験に合格。弁護士の資格を得たものの、女性というだけで依頼人からは敬遠される。社会的地位を得るために優三(仲野太賀)と結婚し、ようやく仕事が軌道に乗ったかと思えば、戦争に駆り出された男性の代わりとして仕事が集中し、同じ女性の依頼人からは「やっぱり女の弁護士先生って手ぬるいのね」とあなどられる始末。 弁護士の道を歩み出した久保田(小林涼子)も中山(安藤輪子)も法曹の道を去り、前を見ても後ろを振り向いても、自分ひとり。「世の女性たちのために」「辞めていった仲間の分も」という誓いは、いつしか寅子を蝕む呪いとなっていました。 そんな中、決定的だったのが妊娠でした。身重の体でハードな業務に忙殺されていた寅子は、講演会の直前で倒れてしまう。寅子の妊娠を知った恩師・穂高(小林薫)は言います。 「結婚した以上、君の第一の務めはなんだね。子を産み、良き母になることじゃないのかね?」 ここからのやりとりについて、視聴者の間でも受け止め方が大きく分かれました。穂高の言葉に反発する寅子に共感する人と、穂高の説得は寅子の体を思いやってのことであり、寅子は少し視野狭窄になっているという人。どちらの声も間違っているわけではありません。 その上で、僕は前者。穂高の言葉に失望を覚えた者の一人です。なぜ寅子は弁護士を辞めたのか。今回は、寅子の決断の背景にあるものについて語ってみたいと思います。
悪意や敵意より厄介なのが、無理解の善意
この世の地獄の中で最も厄介なもの。それは、無理解の善意ではないでしょうか。悪意や敵意はまだマシなんです。なぜなら、向けられた悪意や敵意には戦意で対抗できるから。事実、これまで男子学生からの野次や偏見に何度もさらされてきましたが、寅子が屈することはありませんでした。 けれど、善意は違う。あなたのためを思って、という生ぬるい毛布に包まれ、気づけば簀巻きにされている。相手の優しさから発せられるものだとわかるから、こちらも無下にはできない。でも肌ざわりの悪い毛布は、じわじわとアレルギーを起こし、身動きを奪い、戦意を喪失させる。筋違いの優しさは、罪にならない暴力なのです。 穂高は、たとえ寅子が志半ばで倒れても、その意志を継いだ新しい世代がいつか必ず世の中を変えてくれると説く。でも、そう言えるのは、穂高が安全圏にいる人間だからです。穂高は、子どもができても仕事をあきらめなくていい。だから、喫緊の問題ではない。 でも寅子は違う。寅子には、子を持ちながら働くことは、今まさに差し迫った問題。いつか世の中が良くなると言われても、何の解決にも慰めにもなりません。時代の人柱になるために、人は生きているわけではないのです。 寅子と穂高のズレは、現代にも通じること。妊娠・出産に関する整備の遅れもそうですし、もっと言えばあらゆる法改正のスピードもそうです。たとえば、夫婦別姓や同性婚。どんなに声を上げても、「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」とされ、遅々として進みません。一方で、共同親権に関しては同じく「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」でありながら十分な議論がなされないままスピード可決される。 この違いはつまり決定権を握っている人たちにとって、当事者性の高い問題であるかどうかです。もしも穂高が寅子と同じ女性だったら、あるいは同じように子を持つことでキャリアが中断される痛みを味わったことがあったなら、「犠牲」なんて言葉は使わなかった。 もちろん穂高はあの時代の男性としては非常に進歩的な考えの持ち主です。女性が活躍できる社会を実現したい、という理念も嘘ではないでしょう。ただし、決して自分ごとではなかった。だから、現場の声に寄り添うことができなかった。これもまた昨今の女性活躍社会推進に似たところがあるかもしれません。
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