福岡県行橋市の小学校で体育館内にアスベスト飛散 児童らばく露の可能性でも“ねつ造”WHO評価使い安全宣言
◆存在しないWHO報告書の記述“引用”と主張
1つ目のウソは、市が安全宣言の根拠とする「目安」である。筆者は英語版の報告書を確認しているが、じつはWHOは市の主張するような目安を示していないのだ。 同クライテリアはWHOの研究者が石綿やそのほかの天然鉱物繊維の健康影響について世界中のデータを持ち寄って評価した報告書である。しかしこの濃度なら安全といった基準は示されていない。 そもそも市教委が同クライテリアにあると主張する「世界の都市部の一般環境中の石綿濃度は、1リットル当たり1~10本程度であり、この程度であれば健康リスクは検出できないほど低い」との記載は、報告書に存在しない。 この1文は、報告書の異なる箇所にある2つの文章を都合良くつなぎ合わせた“ねつ造”といってよい代物なのだ。 筆者のつたない訳で申し訳ないが、説明していこう。報告書の「5.1.3 環境中の空気」(p36)に「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/Lであり、それを上回る場合もある」との記述はある。しかし結論ではなく、あくまで一般環境の説明の1つに過ぎず、その程度だから安全とはどこにも記載されていない。 むしろ続けて、「近年、吹き付け石綿の断熱材が表面に施工された公共施設内の空気による潜在的ばく露が懸念されている」と言及。吹き付け石綿が使用された室内における空気中の石綿濃度について、「通常、大気中に見られる値の範囲内」とし、かっこ書きで「すなわち、通常1本/リットルを超えないが、10本/リットルまで高くなる場合がある」と補足している。 つまり、市の説明とは逆に、空気1リットルあたり1本以下~10本でも健康上の懸念が示されているのだ。それも今回市で見つかったのとまったく同じ、吹き付け石綿による「潜在的ばく露」である。この1点だけでも市の主張がおかしいことは明らかだ。 若干ややこしいのは、WHO報告書の結論に「一般環境では石綿に起因する中皮腫および肺がんのリスクを確実に定量化することはできず、おそらく検出できないほど低い」とも記載があること。そのため、「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/Lであり、それを上回る場合もある」との記載とつなげても間違いではない、との主張もあり得よう。 だがこれも間違いだ。 そもそも「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/L」云々との記載は、WHOが一般環境のリスクを検討した結論ではなく、単なる測定結果の説明、それもその一部でしかない。そして、すでに述べたように、その濃度であれば安全との記述はない。 報告書の「9.1.2.3 一般環境ばく露」(p93)でWHOによるリスク評価の結論として3項目が示されているが、大気中の濃度に関連した1つ目は「一般環境で観察される主要な石綿繊維はクリソタイルで、平均繊維濃度は(石綿飛散の発生源から)遠隔地の農村から(工場や解体などの発生源のある)大都市まで3桁を超える範囲におよぶ」と説明しているに過ぎない(かっこ内は筆者補足)。 続けて結論の2つ目として、「一般環境中のクリソタイル繊維は実質的にすべて長さ5マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)未満で、直径は可視化に電子顕微鏡が必要である。これらの繊維は労働環境では調べられておらず、人の健康リスクの推定に利用する(ばく露が多いほど危険との)量・反応関係の計算にも考慮されていない」と述べる(同)。 若干補足すると、石綿被害をめぐっては、実際に労働者などが中皮腫など石綿関連疾患を発症した状況を調べる疫学調査により、どの程度のばく露でどれくらいの被害が発生するかを(ある程度)推定できるデータが蓄積されている。これに基づいてそれぞれの国で労働現場などにおけるばく露の基準を定めており、日本においても同様である。 ただし過去の疫学調査は「位相差顕微鏡法(PCM)」という光の屈折率の差を利用して観察する最大倍率400倍の光学顕微鏡により、空気1リットルあたり何本(f/L)の石綿以外の繊維も含む場合がある「総繊維数濃度」なのかを算出して実施してきた(労働現場では濃度が高いのでf/ccが多い)。ところが報告書によれば、大気中で検出した石綿繊維はほとんどが白石綿で、倍率・分解能がより高い電子顕微鏡でなければ観察できない大きさだったというのだ。そのため健康リスクの推定に使う「量・反応関係の計算にも考慮されていない」として、過去の疫学調査によるデータとの比較ができないと指摘しているわけだ。