マー君の2年連続2桁勝利の裏にあった数センチの工夫
3ヶ月ほど前のこと。ヤンキースの田中将大が6月3日のマリナーズ戦でおよそ1ヶ月半ぶりに復帰したが、当日朝、マリナーズのクラブハウスでは、田中がマイナーでリハビリ登板をした時のビデオが流されていた。 対戦の参考、にとのことだが、選手はそれぞれ試合前にすべきことをする時間。慌ただしい中で足を止める選手は少なかったが、故障者リストに入っていた岩隈久志がじっと見つめていた。 元チームメートには、田中がどう映るのか? 促しても、何も言わない。そのまましばらく言葉を交わすことなく一緒に映像を見ていると、やがて岩隈は、つぶやくように「低くなってますね」と言って、選手専用のダイニングへ消えていった。 どういう意味だったのか? 試合後、田中のピッチングを一塁側のダグアウトから見た岩隈に改めて聞くと、こう答えている。 「やはり、低くなってます。リリースポイントが」 その時のことを思い出したのは、最近の田中を見ていて、ちょっと気になったことがあったからだが、まず今年4月と、岩隈がリリースポイントが低くなっていると指摘した6月の違いを比べてみたい。 「brooksbaseball.net」は、MLB.com PITCH F/Xの情報をまとめ、打者、投手それぞれ、詳細なデータを紹介しているが、同サイトによると、確かに田中のリリースポイントは、“低く”なっていた。※表1参照 例えば、4シームファストボール(以下4シーム)の場合、4月の平均リリースポイントは、5.63ft(約172センチ)だったが、復帰した6月の平均は、5.49ft(約167センチ)だった。つまり、約5センチも低い。 以下、4月から6月の主な球種の変化を紹介すると、やはり軒並みリリースポイントが下がっていた。 リリースポイント (4月→6月) スライダー 5.69→5.50 スプリット 5.72→5.58 カッター 5.58→5.41 単位:フィート ただ、この6月に関しては、“戻った”という捉え方も出来る。 表1を見れば分かるが、6月の数字は、去年1年の数字と非常に似通っている。むしろ今年4月のリリースポイントが高かったと言えるが、それは2009年3月のWBC(ワールドベースボールクラシック)の時と近い。サンプル数が少ないのでそれ以上は何とも言えないが、表1は、さらに興味深い現象を示している。 岩隈が指摘したように6月のリリースポイントは4月に比べて下がっているが、その後、さらに下がり、8月には5.4フィートを切る球種さえあるのである。ここまで違うと、さすがに多くの人が気づくはずだ。 リリースポイントの変化 (4月→8月) 4シーム 5.65→5.43 スライダー 5.69→5.33 カーブ 5.8→5.47 単位:フィート スライダーにいたっては、約11センチも下がっているが、では、なぜここまでリリースポイントが低くなったのか。 評論家の与田剛氏に、一般的にリリースポイントが下がる理由を求めると、「肘が下がる、下半身の重心が下がるパターンが考えられる」と指摘した。 前者のケースでは、疲労や肘の痛みが一因となりうるため、心配なところだ。田中の場合、昨年7月に右ひじの靭帯を損傷しており、リリースポイントが下がることと肘が下がることがイコールであれば、それは危険信号だ。