マー君の2年連続2桁勝利の裏にあった数センチの工夫
それをどう確認するか。実は、ヒントになるデータが存在する。 表2は、ピッチャープレートを中心として、リリースポイントがどれだけ左右に離れているかを示す。リリースポイントが一塁側に近ければ近いほど、プラスの値が大きくなり、三塁側に近ければ近いほど、マイナスの値が大きくなる。当然、左投手のリリースポイントはプラスとなり、右投手はマイナスとなる。いずれの場合でも、値が小さければ小さいほど、体に近いところで投げていることになる。
仮に、疲労や痛みのために肘が下がっているとしたら、右投手の場合は、リリースポイントが三塁側にずれていると想定できるわけだが、田中はどうかと言えば、4月に比べれば三塁側にずれているものの、6月の復帰以降は、ほぼ安定している。そこには、リリースポイントが下がっていることとの関連がない。 どういうことか。与田氏はこう説明する。 「この表では、リリースポイントが打者に近くなっているのか、逆なのかがわからないのでなんともいえないが、三塁側へずれていないことを考えると、リリースポイントが下がったが、リリースポイントは前になっていると推測できる。すなわち、低めというものを意識している証拠ではないだろうか」 リリースポイントが下がるということは、重心が下がっているとも捉えられるが、与田氏としては、リリースポイントを前にした結果、低くなった、と見る。 では、なぜリリースポイントが前になったのか。 「マー君は、本塁打被弾が目立っていたため、より低めという意識から、重心を下げ、リリースポイントが下がっているのではないか」 6月は、31イニングで披本塁打8本。7月は34回1/3イニングで5本、8月は34 イニングで5本。それに対して、田中がアジャストを試みている結果こそが、リリースポイントの低下に繋がっているのかもしれない。 一方、故障との関連は低いと与田氏は捉えている。 「変化球別のリリースポイントで、スプリットが一番下にあるようならば、肘を押し出すような投げ方となり、その場合は肘が下がって、負担が増すので危険だが、 この表(※表2)だと、逆に上にある。上から落とそうという意識があるためで、肘自体は下がっていないのではないか」 個人的には、左足の踏み込みに変化があると映ったが、「下半身の重心は、ステップ幅を広げなくとも、ひざ、足首、股間節などの使い方で下げることができる」と与田氏。「とくに右ひざの使い方が重要で、突っ張るような動きが減ると、重心が下がり、リリースポイントも下がる」と続けた。 さて、ここまで下がったリリースポイント。田中は意識しているのだろうか? 前出の岩隈は、「していないと思う」と話す。 「ボールは行ってるし、2シームもいい軌道だった」 ただ、「でも」と岩隈は、言葉を挟んだ。 「角度がないように見える」 実は、“角度がない”問題は田中自身、ラリー・ロスチャイルド投手コーチから指摘を受けていた。よって28日の登板で田中はリリースポイントを意識しながら投げ、具体的な数値はまだ出ていないものの、投球練習の時から、試行錯誤していたようだ。 その結果ーー。8月28日のブレーブス戦では、初回に2点を取られるなど不安定な立ち上がりだったが、2回以降はフォームを修正して7回を5安打3失点7奪三振。これで、星勘定を10勝6敗として、日本人メジャーリーガーとして、野茂英雄、松坂大輔、ダルビッシュ有以来4人目となるデビュー2年連続2桁勝利を記録した。田中は、そこに何か求めていた答えを得たのかもしれない。 (文責・丹羽政善/米国在住スポーツライター)