東京五輪自力出場消滅の伊調はなぜ敗れたのか? 遅れた新ルール対応と川井の冷静な計算とメンタル
試合が大きく動いたのは、1-1のスコアで迎えた第2ピリオドの残り1分。伊調が低めのタックルに入り右足をつかむと、対する川井は、上の位置を取り、伊調の左脇の下に両腕をまわすネルソンを決め、伊調の身体をマットに対し90度以上傾けて、ニアフォールとし2点を得たのだ。この試合で初めてのテクニカルポイント(技術点)が動いた。その後、もう一度同じ動作を川井が試みてさらに2点を加算。伊調もカウンタータックルで1点を返し、2-5のスコアがボードに掲示された。だが、ここで伊調側のセコンドからVTR判定を望むチャレンジが申請された。審判団によって、再確認が行われ、川井の2度目の2得点については、伊調の肩をマットに対して平行に戻してから90度傾ける動作が必要であったが、実際には戻っていなかったとして取り消された。スコアは1点差の2-3に変更された。 「川井選手が反対に腕を決めるなどの工夫をすれば連続得点が出来たと思いますが、応用的な動きをすぐにできるほど、余裕がある心理状態ではなかったのでしょう」 小林氏は「ひとつひとつの技術を見ると伊調選手が圧倒する場面が多かった」と言う。 「第1ピリオドでは、川井選手は伊調選手に組み手であしらわれているような状態でした。さらに何度もタックルに入ったのに点数を取れませんでした。加えて、伊調選手にはタックル返しがあります。そうなると、怖くてなかなか入れなくなります。それでも、めげずにタックルを続けていたところ、おそらく川井選手が得意としている寝技を展開できる場面がやってきました。一度きりのチャンスをつかみ、2点を取れたことは大きかったですね」 小林氏は川井のメンタルの強さに注目した。 さらに「現在のルールが、伊調の得意技の多くを封じてしまうことも、この試合の行方を左右したのでしょう」と小林氏は指摘した。 実際、今回は1点にとどまった伊調のカウンタータックルは、リオ五輪までのルールでなら2点を得られた。リオ五輪後に変更されたルールでは、返し技よりも攻撃を高く評価することに重点が置かれている。「伊調選手は、その新ルールに合わせた攻めパターンの構築が間に合わなかったのではないしょうか」と小林氏は見ている。 「伊調選手は、長年、タックルに入ってきた相手の脚に両腕をまわして返すレッグホールド(タックル返し)を大きな得点源としてきました。しかし、この返し技への評価が、リオ五輪後のルール改正で大きく変わり、タックルした選手が両手で脚を持つ形を少しでも保てれば、返し技よりも優先して点をつけるようになりました。もし、返し技をかけたほうがマットにお尻をついたり背中をつけてしまうと、タックルをした選手に4点が入ることもあります。以前は伊調選手が2点、4点と、次々と点を取れていた技が、逆に相手に4点与えてしまう可能性が高い危険なものになってしまったのです」