「こんな指があるから悪い」…「旧石器発掘捏造」“ゴッドハンド”と呼ばれた男は、なぜ自らの指をナタで斬り落としたのか
まさに“歴史が変わった日”だった。2000年11月5日、毎日新聞が1面で「旧石器発掘捏造」事件をスクープ。全国各地の遺跡から石器を次々と発掘。掘れば必ず出土することから“ゴッドハンド”と崇められていた藤村新一氏が、実は自ら石器を“埋めて、掘り出して”いたという驚愕の不正を行っていたことが明るみに出たのである。これによって、日本史は大きく訂正されることを余儀なくされた。 【写真】新聞報道の歴史に残る大スクープとなった毎日新聞1面 それから24年。事件後の藤村氏はどのような人生を歩んだのか。そしてなぜ自ら指を切断するに至ったのか。かつての本人の証言と共に振り返る。 (「週刊新潮」2018年12月27日号記事の一部を再編集しました。文中の年齢、役職、年代表記等は当時のものです) ***
事件は、新聞のスクープによって暴かれた。 〈旧石器発掘ねつ造〉 そんな大見出しが「毎日新聞」朝刊1面に躍ったのは00年11月5日。遺跡発掘の場で次々に石器を発見し「ゴッドハンド」と讃えられていた藤村新一氏(68)が、あらかじめ土中に石器を埋め込む決定的瞬間を捉えた写真付きで報じられたのだった。 当時、取材班のデスクを務めていた渡辺雅春・毎日新聞北海道センター社長が振り返る。 「記事を出す前夜の取材に藤村氏は『魔が差した』と白旗を上げたのですが、5日の記者会見で捏造を認めたのは2カ所のみでした。ところがその後の調査で、藤村氏が関わった計162の遺跡で捏造があったと、日本考古学協会が断定するに至ったのです」 発覚直後から宮城県内の古刹に身を寄せていた藤村氏は、その数週間後、精神病院に入院。妻とは離婚し、入院中に知り合った16歳年下の女性と03年5月に再婚している。 「妻の実家のある福島県南相馬市に移り、一時期はNPO法人で働いていましたが、10年秋に退職。東日本大震災で被災し、避難生活を送っていた時期もありました」(関係者)
指も自ら切り落とし
四半世紀にわたって繰り返してきたという捏造については、03年に考古学者から偽計業務妨害容疑で告発されたものの、不起訴処分となっている。が、彼が日本の歴史にもたらした影響は計り知れない。 「藤村氏が捏造を暴かれた宮城県の上高森遺跡からは、60万~70万年前の石器が相次いで発見されていました」 とは、発覚前から疑義を呈していた共立女子大非常勤講師の竹岡俊樹氏。すなわち、藤村氏の捏造発覚によって70万年前から日本列島に人類が住んでいたとの定説は否定され、前期(約13万年以上前)および中期旧石器時代(約13万~3万6000年前)に関する研究は、ことごとく無となってしまったというのだ。 「それまで高校の教科書などには、上高森遺跡での“発見”を受け『生活の痕跡は原人の時代までさかのぼる』などと書かれていましたが、事件後にはこうした記述は削除されてしまいました」(同) 現に、9社合計26冊出されていた日本史の教科書から、藤村氏の関わった遺跡の記述は消滅。彼が捏造に手を染める以前は、群馬県の岩宿で発見された約3万年前とされる石器が、日本最古であった。よって、日本の歴史は「70万年前」から「3万年前」へと大きく後退し、その余波は広く中高生や受験生にも及んでしまったのである。 先の渡辺社長が言う。 「03年にあらためて藤村氏を取材すると『人格が入れ替わる』『自分の分身が多い時には20人いた』などと言う。ですが、こうした弁明からは、嘘をついているというより無理やり妄想を信じ込んでしまったような感じがしました。彼はまた『“指を切れ”との幻聴が聞こえた』とかで、実際に右手の指を2本、自ら鉈(なた)で切り落としていたのです」