男性を遭難へ導いたのは「看板の45度のズレ」だった?プロファイリングで導いた可能性とは
両手はふさがっている
Mさんについても、ご家族から登山中の写真を見せてもらい、これまでどんな山に登っていたのかなどを伺った。登山経験はそれなりにあり、いつもひとりで山に行く。秩父三十四ヶ所観音霊場巡りをしていて、行方不明になった秩父には何度も足を運んでいた……。 中でも私が注目したのは、Mさんが手に持っていた「ストック」である。写真を見ると、Mさんはどの山に登る時にも、必ず両手にストックを握っていた。手がふさがっていてはクライミングのように岩を登ったり、ロープを伝ったりすることはできない。Mさんは難所の少ない一般登山道を登るタイプなのだと推測した。 秩父槍ヶ岳の尾根は数本あるが、どれも急峻な地形で、尾根と尾根の間はV字の谷のような状態だ。そして、谷の底には沢が流れている。 山頂へ行くためのルートもいくつかあるが、整備された登山道はひとつだけ。沢沿いから登山道が始まり、尾根に登り、稜線に出て登頂するというものだ。Mさんが自宅へ残した地形図にも、この一般登山道がルートとして記されていた。 実はこの山には山頂を目指すルートがもうひとつある。山頂へダイレクトに登ることができるルートだが、険しい岩場やロープを使用しなければならないほどの難所もあり、遭難事故が絶えないため封鎖され、立ち入り禁止の看板とロープが張られている。しかし、近年ではSNSの普及から、こうしたルートをネット上で紹介している人物もいるため、このルートから山頂を目指す登山者もいる。当初進められた管轄警察と地元の有志による捜索活動も、危険度の高いこの立ち入り禁止ルートを中心に行われていた。Mさんが当初の登山予定を変更し、過去に多くの遭難が発生しているダイレクトルートを利用したのではないか、と考えたようだ。 だが、そこは幅の狭い急峻な尾根だ。その上、時には岩場を登るため四つん這いになったりしないといけない。もちろん、Mさんがいつも利用しているストックなど、使う余裕はない。Mさんが、難所が多く存在し、立ち入り禁止の看板がある入り口のロープを越えてまで、このルートを選択したとは考え難かった。 私たちは、Mさんは当初の予定通り一般登山道から登ったと考えた。 一般登山道から山頂を目指した場合、稜線へ出るまでの間で道迷いや転滑落の危険性は極めて低い。道迷いや転滑落の事故が起きたとしたら、登り始めてから1時間半~2時間後にたどり着く、起伏の激しい稜線上である可能性が高い。標高は山頂とほぼ同じだが、整備されていない樹林帯で、登山道が分かりにくい。また、急峻な地形のため一歩登山道を外れてしまうと、数十メートルから場合によっては数百メートル下まで滑落してしまう危険箇所が多く存在する。