これを知ると「絵画の見方」が大きく変わる…逝去した美術史家が語っていた「芸術における”重要な時代”のこと」
バロックの祝祭性
美術史家の高階秀爾さんが10月17日、亡くなりました。92歳でした。 国立西洋美術館長などを歴任し、美術史に関する一般向けの著書も多数執筆したことで知られています。 【写真】バロックを代表する「ベラスケスの絵画」 講談社学術文庫では、『バロックの光と闇』という著作を読むことができます。 同書は、17世紀から18世紀半ばに一世を風靡したとされる「バロック」という美術様式、あるいは、時代精神、時代の雰囲気に迫る一冊です。「バロック」という名前を聞いたことがあっても、そのエッセンスはと問われると、ハッキリ答えられる人は意外に少ないかもしれません。「バロックの精神」の本質とはいったい何だったのか――。 同書の冒頭では、バロックという時代の「文脈」について解説されており、それは【前編】「「バロック」は、どんな特徴をもった芸術だったのか…逝去した美術史家による「圧倒的にわかりやすい解説」」の記事で見た通り。イエズス会が、大衆強化のために芸術を用いた時代なのでした。 ここではさらに、バロックの特徴を「祝祭性」というキーワードで解説した部分を、同書より引用します(よみやすさのために改行などを一部編集しています)。 〈イエズス会の総本山であるローマのイル・ジェズ聖堂は、西欧の教会堂建築の基本である三廊形式の代わりに、内部空間がただひとつの単身廊プランとなっている。何の邪魔もないその広々とした空間は、大勢の人々が集まるのに具合がよい。それはいわば、壁と天井にかこまれた広場である。豊かに飾られた左右の礼拝堂には聖者の奇蹟や殉教の物語を描き出した多彩な祭壇が並び、上を見上げれば、遠近法の魔術によって遠い天上世界でイエスの名の栄光を称える天井画が拡がっている。〉 〈この豪華な舞台のなかで、燭台の灯火がゆらめき、香がたかれ、厳かなミサが取り行われる。集まった信者たちは、昂揚した雰囲気のなかで、理屈を越えた感覚的陶酔に浸りながら、自ら神の教えへと導かれていく。「楽しませながら教える」というのは、対抗宗教改革の大衆教化の基本戦略であった。 教会の指導者たちは、適切な舞台装置のなかで繰り広げられる厳粛華麗な儀式が参加者たちに与える効果をよく知っていた。聖堂内部は神の住居であると同時に聖なる儀式のための劇場であり、人々をひとつに結びつける祝祭空間でもあった。 このことは建築物の内部だけにとどまらない。バロックの時代には、同じような機能を担った町の中の広場が数多く造られた。今日でもキリスト教の重要な祭礼のたびに世界中から集まった信者たちで埋め尽くされるベルニーニ設計のサン・ピエトロ大聖堂前広場などは、その代表的な例である。 このような町の広場は、宗教的目的のためばかりでなく、民俗的な年中行事やあるいは民衆相手の野外劇などにも利用された。王族や貴顕の婚礼、叙任などの慶事、あるいは戦勝記念やその他のあらゆる機会に、民衆をも巻き込んだ華やかな祝典やパレードが催されたことは、この時代の大きな特色である。 ヴェルサイユ宮殿での壮大な野外ページェントからヴェネツィアの町裏の小さな広場での仮面劇にいたるまで、バロックの時代は聖俗あらゆる面で祝祭性が好まれた時代であった〉 バロックの時代の雰囲気が目に浮かぶような記述です。 さらに【もっと読む】「「バロック」は、どんな特徴をもった芸術だったのか…逝去した美術史家による「圧倒的にわかりやすい解説」」では、「バロックの時代」が「ハリウッド」の比喩によって語られます。
学術文庫&選書メチエ編集部