犬スポット訪問記(1)「木曽・犬帰りの淵」犬は本当に帰ったか?
最初は自分の犬だけがかわいいと思う人も、やがてその犬種全般を愛するようになり、最後には犬に関係するものはなんでも好きになる。愛犬家にも色々あるが、これが僕の持論である。この「犬ならなんでも好き」な第三段階になると、「犬目」とか「犬帰りの淵」、あるいは「犬ころの滝」などという地名を地図やナビで見つけると、迷わず立ち寄ってしまう。何か犬に関係のある謂われがあるのだろうと思うと、実際にどんな場所か確かめたくなるのだ。 少し検索するだけで「犬」がつく地名はいくつも出てくる。滝の名前などの固有名詞を含めれば全国に数えきれないほどあるようだ。その中から、出張や旅の途中でたまたま立ち寄った5つの「犬スポット」を紹介しよう。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)
エメラルドグリーンの清流
『犬帰りの淵』は、木曽山中(長野県大桑村)の阿寺(あてら)渓谷にある。そこを流れる阿寺川は、掛け値なしに清らかなエメラルドグリーンの清流である。ガイドマップの説明文の受け売りだが、アララギ派の歌人、島木赤彦もこの地を伊藤左千夫と共に訪れ、幽谷の姿を歌に詠んでいるそうだ。
中山道沿いに、今も幾多の宿場町の風情が残る木曽路。多くの登山客が犠牲になった御嶽山の噴火の記憶も新しい。塩尻市方面から木曽川沿いを下った岐阜県境に近いこのあたりでは、阿寺川が流れこむ木曽川の本流は、かなり太くゆるやかな流れになっている。現代の中山道・国道19号線から少し外れて木曽川を渡ると、赤い鉄橋があり、その脇の林道から車で阿寺渓谷に入ることができる。 長野県・蓼科の自宅から車で愛知県犬山市(!)の友人を訪ねる途中で、うちのフレンチ・ブルドッグの『マメ』と『犬帰りの淵』を目指したのは、この地域で桜が咲き始めた雨模様の4月10日のことである。
猟犬もあきらめて帰った『犬帰りの淵』
眼下の清流を眺めていると、どうしても「竿を出したい」という欲望にかられる。しかし、今日はマメがいるので無理だし、魚影の有無よりも前に、確かめなければならないことがあるのだ。 『犬帰りの淵』の由来は事前に調べていた。このあたりは今も狩猟が盛んだが、かつて猟師たちは獲物を追って徒歩で渓谷に入った。彼らの大切なパートナーが「猟犬」である。今も獲物の発見と追跡に犬は欠かせない存在で、猟犬たちは時に先行して人が踏破できないような険しい山道も突き進んで行く。そんな猟犬たちさえもが、越えるのを諦めて帰ってしまったという逸話が残る難所がある。それが、阿寺川の一角、断崖絶壁に囲まれた『犬帰りの淵』だ。