【現役精神科医が語るいじめの真実】たった一枚の診断書が映し出す学校という組織の闇、「いじめ防止対策推進法」なければ、事実は隠蔽される
本来イニシアティブをとるべきは学校
もっとも、本来、「関係者との連携を図」ることは、「学校及び学校の教職員」の責務のはずである。法第8条は、その点を明記している。医師が外から注意喚起などしなくても、学校が自ら進んで関係者と連携をとって事態の収拾にあたらなければならない。 なお、筆者が「学校」について語る場合、そこに強い選択バイアスがかかっている可能性はある。「学校という組織は一般的にいじめに対する対応が素早く、児童・生徒ないしその親からの被害申告があれば、直ちに同法に則った対応をとっている。しかし、ごく一部にそうでない学校があって、そういう学校の児童・生徒だけが筆者の外来を受診する。結果として、筆者の眼には、『学校という組織はおしなべていじめに対する対応が遅い』ように映ってしまう」という可能性である。おそらくそうなのであろう。そう信じたい。
医師は調査権限を持っていない
ともあれ、一部に、いじめ問題に消極的な学校があることは間違いない。それどころか、組織をあげて隠蔽しにかかっていると思われるケースすら、筆者は経験している。 筆者のところに来る被害者のほとんどは、学校に対して保護者とともにいじめ被害を訴えて、すでに数週間、数ヵ月が経過している。担任教諭に何度も働きかけをし、スマートフォンの通信記録や、いじめの事実を記した時系列データなどを用意し、根気強く学校側に対して対応を求めてきている。それでも学校は動かない。 「それはいじめではない」、「いじめの証拠としては弱い」、「加害者とされる生徒から聴き取りを行ったが、いじめの事実は確認できなかった」等を理由に、訴えを退ける。被害者としては、万策尽きたと思われたときに、Wedge ONLINEの記事を見つけて、それで筆者の外来に飛び込んでくる。
診断書一枚で変わるいじめの事実の「認知」
筆者の外来は混雑している。診察のために限られた時間しかかけられない。こころの健康の専門家であるから、患者が抑うつ、不安、不眠、意欲低下、食思不振等の症状を呈して抑うつ状態にあることは判断できるが、本当のところ、いじめの確証を得ているわけではない。だからこそ、診断書には、「この陳述が事実ならば」という留保をつけ、かつ、事実の確認は学校・学校設置者の責務である旨を記している。 ところが、驚くことに、翌週患者・家族から聴いてみると、学校は診断書一枚で直ちに「いじめ」を認知し、それどころか多くの場合において、学校設置者とともに「重大事態」として対応することを始めている。学校がこの短期間に新たな調査を行えるはずがない。 学校が「いじめ」であり、「重大事態」であると判断する場合、その根拠となる事実は、すでに何度も被害者・家族が学校に示してきたものばかりである。事実関係に関して、新たな情報などどこにもない。 筆者の診断書には、心身の健康に関する記載はあるが、学校にとって、追加情報はそれだけである。筆者はいじめの事実を調査する立場にないのだから、被害者・保護者がすでに学校に報告した以上の事実を診断書に記載できるはずがない。 それにもかかわらず、学校は診断書一枚で、手のひらを返したように「いじめ」を認知する。しかも、「重大事態」として取り扱おうとする。 これは、学校が筆者の診断書以前からいじめの事実を認知していて、かつ、それを隠蔽しようとしてきたからであろう。病院という外部機関から、証拠能力の高い診断書というものが出てきたので、大慌てで方針を変更したのである。