中国では「迷惑行為」が流行語になっていたという「驚きの事実」…中国人の日本旅行ブーム
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』に紹介されている新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
迷惑行為(ミーフオシンウェイ)
日本政府が、中国人の個人観光ビザを解禁したのは、2009年7月のことだった。前年の暮れに、中国を代表する馮小剛監督の恋愛映画『狙った恋の落とし方。』(原題は『非誠勿擾(フェイチェンウーラオ)』)が空前のヒットを飛ばし、ロケ地となった北海道への憧憬が高まっていた。この時から堰を切ったように、中国人観光客が日本へ押し寄せるようになった。 ビザが解禁になった頃、私は北京に住んでいた。新しいもの好きの友人のカメラマン(当時30歳の北京人男性)が、早速ビザを取って、5日間の東京一人旅に行ってきた。彼は帰国するや、興奮冷めやらぬ様子で、私に体験談を語った。 「何に感動したって、一番は深夜の池袋のラーメン屋だ。日本語ができない私は少々緊張したが、一人で店に入ってみた。店は満席で、待合席に案内された。それで10分くらい、最後尾に座って待った。 その間、店内を見ていると、食べ終わった客が立ち上がるたびに、三方から店員たちが飛んできて、わずか10秒くらいでテーブルを片付け、布巾で拭く。そしてテーブルをピカピカにして、次の客を招き入れるのだ。その光景を見ていて、『これぞ先進国の姿』と感心した」 彼の話を聞いて、私はきょとんとしてしまった。客が食べ終わって席を立ったら店員がテーブルを片付けるのは、当たり前ではないか。 その後、「中国人の視点」は、われわれ日本人とは異なることに気づいた。 私が北京で行っていた業務の一つに、中国の文化産業関連企業のコーディネートがあった。彼らが日本へ視察に行く際、ビザの取得に始まり、視察場所やホテルを手配したり、通訳を兼務して添乗員をしたりするのだ。 10人前後のツアーが多く、出発日の朝、北京首都国際空港の航空会社のチケットカウンターで待ち合わせるのだが、そこから私の頭痛が始まる。 まず、約束の時間になっても、だいたい二人は現れない。携帯電話にかけると、一人は寝坊、もう一人は空港の別のターミナルへ行ってしまっていたりする。日にちを勘違いしていた人もいた。また約束の時間に集まっても、パスポートを忘れてくる人がいる。ともかく全員遺漏なく東京へ向かえたというケースは、少なかった。 東京に着いてからも、企業視察などにはあまり熱が入らず、もっぱらの興味は、ショッピングと食事である。それは構わないのだが、個々人の自己主張が強烈なので、最終日になると私は疲労困憊し、そのまま東京で骨休みしたい気持ちにかられたものだ。 そんな中国人ツアーで、彼らが興味を持って記念写真を撮る「意外な場所」が、2ヵ所あった。 1ヵ所は、東京の街中に置いてある自動販売機である。当時の中国には自動販売機がなかったので、物珍しくて仕方ないのだ。 自動販売機を前にして、彼らは主に、3つの質問をしてくる。 「こんなに多くの商品を取り扱っていて、コインが詰まったり商品が出てこなくなることはないのか?」 「こんな人気のない場所に置いてあって、深夜に金や商品が盗まれる心配はないのか?」 「自動販売機の脇には必ず缶やペットボトルを捨てる箱が置いてあるが、飲んだ人はきちんとそこに捨てるのか?」 彼らが感心するもう1ヵ所は、住宅街の角などに設置されたゴミ捨て場だった。そこには、「月曜日は燃えるゴミ、火曜日は燃えないゴミ……」などと書かれた掲示が貼ってある。時には中国語も併記されていたりして、目を見張るのだ。 北京では、2008年夏にオリンピックを開催するにあたり、大通りのゴミ箱が「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」に分別された。それ以来、私も分けて捨てていたのだが、ある深夜、ゴミ収集車が収集しているところを目撃した。清掃員がゴミ箱のフタを開けると、「分別」されているのはゴミの投入口だけで、中の袋は一つだった! ともあれ、中国人の間で、日本は圧倒的に人気ナンバー1の旅行先となった。日本にとって嬉しいことは、彼らの「爆買い」で日本経済が潤ったということもあるが、日本を訪れた中国人がほとんど「親日派」になったことである。彼らは歴史教科書や抗日ドラマの影響で、日本人をまるで鬼か悪魔のように思いながら育っている。それが実際に足を運んでみると、かくも心優しい人たちだったのかと評価を一変させるのだ。 加えて、「干浄(ガンジン)・安静(アンジン)・安全(アンチュエン)」が日本の代名詞となった。「干浄」とは「きれい」「清潔」という意味だ。 中国では一時期、日本旅行を「洗肺遊(シーフェイヨウ)」と呼んでいたほどである。直訳すると「肺を洗う旅」。PM2・5のスモッグに悩んでいた中国人は、羽田空港や関西国際空港などに降り立ったとたん、大きく深呼吸をし、肺を洗う旅を始めるというわけだ。 そのような日本旅行ブームから生まれた流行語が、「迷惑行為」である。中国人が日本旅行に出かける際、スマホに送られてくる電子版パンフレットに、「次の行為は日本へ行ったら、『迷惑行為』(没有公徳的行為(メイヨウゴンダーダシンウェイ))と受け取られますので慎んで下さい」と書かれているのを見たことがある。 「迷惑行為」という中国語はないのだが、和製漢字語がエキゾチックなのであえて記し、中国語の訳語を添えたのだ。 すると、日本旅行から帰った中国人たちを中心に、中国の日常の光景を動画や写真で撮影し、「私が見た『迷惑行為』」などというタイトルをつけて、「抖音(ドウイン)」(TikTok)にアップするようになった。そのうち、日本へ旅行に行っていない人もアップしだした。 犬の散歩中に平気で糞を道に撒き散らしたまま立ち去る人、暑いからと上半身裸のままバスに乗ってくる人、レストランのトイレで液体石鹼を使い尽くしてしまう人……。「そこのあなた、『迷惑行為』です!」という音声や文字が入っていたりして、ユニークな映像に思わず苦笑してしまう。 私は週に一度、明治大学で300人近い学生に「東アジア国際関係論」を教えている。数年前の学生で、高級ブランドに身を包んだ中国人女子留学生がいた。富裕層のお嬢さんと思っていたら、ひと月に100万円も稼ぐ「網紅(ワンホン)」だという。「網紅」とはネット動画のインフルエンサーのことだ。 彼女がアップしていたのが、まさに中国人観光客の「迷惑行為」だった。授業が終わると、新宿や渋谷など中国人観光客が多い場所へ行き、こっそりと「迷惑行為」を撮って回る。それを自宅で編集し、「今日はこんな『迷惑行為』を発見!」とアップするのだ。 実際に彼女が撮った動画を見せてもらったが、通りで大声で話すシーンだったり、レストランの看板を勝手に動かして記念写真を撮っていたり……。 ともあれ、コロナ前の2019年には、959万4394人もの中国人観光客が日本を訪れ、クルーズ客の人数を除いた799万5815人分だけで1兆7704億円も消費した。消費総額は外国人観光客全体の36.8%にあたり、中国人一人あたりに換算すると21万2810円(観光庁発表)。まさに「爆買い」中国人の威力を見せつけたのだった。 だが、この頃になると、気になることも出てきた。例の日本旅行者向け電子版パンフレットには、こう記されていた。 〈「20世紀を懐かしむ旅」へようこそ。日本ではごく一部で、中国のスマホ決済が使えますが、日本人はいまだ20世紀のように現金で支払いをしています。そのため、まず財布を買って下さい(もう中国には売っていない? )。ホテルでも20世紀のようにカギを渡されます。 またタクシーを拾う際も、20世紀のように路上で手を挙げて拾って下さい。日本のコンビニには、紙の新聞や雑誌がたくさん置かれています。 他にも多くの場所で、「20世紀的光景」を目にすることができます……〉
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)