震災直後の書店で、子どもたちは1冊の雑誌を回し読みし、笑い声を響かせた ありがとう「伝説のジャンプ」―仙台の2代目店主、62年の歴史に幕
東日本大震災の発生直後、仙台市の小さな本屋で、子どもたちが1冊の「週刊少年ジャンプ」を回し読みした。物流が滞っていた中で、店主が偶然入手した貴重な最新号。大人気漫画「ONE PIECE」や「NARUTO―ナルト―」を楽しみに100人以上が集まり、笑い声をもたらした。 【地図】書店ゼロの自治体、27%に 沖縄、長野、奈良は過半を占める
誰かのためになりたいとの店主の思いから置かれた1冊は「伝説のジャンプ」と呼ばれるようになり、後に中学道徳の教科書にも取り上げられた。その本屋が2024年8月末、惜しまれながら店を閉じた。そんな「町の本屋」の物語を追った。(共同通信=堀内菜摘、大石祐華) ▽「子どもに絵本や漫画を」震災3日後に再開 店は仙台市青葉区の東北大片平キャンパスにほど近い「塩川書店五橋店」。1962年に創業し、2011年3月11日の震災当時でも既に半世紀近くの歴史があった。 震災では店内が激しい揺れに見舞われ、棚から落ちた本が一面に散乱したが、電気は比較的早く復旧。「怖がる子どもたちに絵本や漫画を読んでもらいたい」。2代目店主の塩川祐一さん(61)が3日後に営業を再開した。夜遅くまで明かりがともる店には、先行きが分からず不安な時間を過ごす1人暮らしの人々が自然に集まってきた。 ▽知人に譲り受けた1冊が「伝説」に
発生9日目の19日、少年ジャンプの発売日。塩川さんの店への配送は、当然なかった。そんな中、山形県へ食料調達に出かけた際に買った知人が「読み終えたから」と譲ってくれた。 「少年ジャンプ読めます!! 一冊だけあります」 店の張り紙を見た子どもたちがたちまち列をつくった。普段は立ち読みを注意する立場の塩川さんも「順番ね」「1人1作品ずつね」と歓迎した。 子どもたちはお礼にと、手持ちの10円、20円を差し出してくれた。その合計は4万円ほどになり、後に津波の被災地域へ本を贈るプロジェクトに寄付した。 塩川さんには忘れられない光景がある。津波で家を失い、自転車で2時間かけて来たという親子。子どもはジャンプを読んで喜び、母親はその姿を見て泣いていた。 「子どもに心配させまいと、がむしゃらに動く母の強さをまざまざと見た」 大勢が読んで印刷がこすれ、テープで補強された1冊。後に「伝説のジャンプ」と呼ばれ、今は出版元の集英社(東京)で保管されている。2012年には手塚治虫文化賞の特別賞が贈られた。