若手の注目作家も。『心象工芸展』が表す新たな視点とは? 金沢の〈国立工芸館〉にて。
心象とは、心の中に描き出される姿・形。「心象工芸」は作り手の心象風景が表現された作品を表す造語という。素材や技術の面から語られやすい工芸の、一歩先へと誘う仕掛けだ。 【フォトギャラリーを見る】 「心象工芸」として、集められたのは刺繍、漆芸、ガラス、陶芸、金工の分野で世界的に活躍する6作家の、新作を含めた全74点。その中でも圧倒的な存在感で迫りくるのは、沖潤子の刺繍作品だ。密度の高さと静かに漲る生命力に目を奪われる。
設計図はなく、古い布との対話を通して、糸を選び、針を刺してゆく。中心からぐるぐると広がり、布は時には立体的に膨らみ、形を変える。 「素材の声、布や糸の意思を聞きながら直観的に手を動かします。糸はくぐらせていくと模様になりますよね、足跡のように。意識的に心象風景を思い浮かべることはありません。人間は記憶でできているので、自然にさらけ出るのだと思います。幸い歳をとってから制作を始めたので、積もる記憶はたくさんあります」(沖潤子)
記憶と時間が刻み込まれた古い布に糸を縫い込むことで、自身の記憶を刻み、布の中で混ざり合う。観る者もまた、自身の記憶や物語を重ねる。沖の作品は、布と糸の造形物を超えて、幾つもの物語として私たちの前に立ち現れる。
中田真裕は1982年北海道生まれ。29歳の時に「蒟醤(きんま)」という漆芸伝統技法に出会い、作家を志した。幾層にも重ねた色漆を彫り、埋め、磨くことで模様を出していく技法で、その時の感情や体調に身を任せ、完成形を決めずに手を動かす。工程が多く、時間もかかるため、制作過程で様々な心象風景の断片を取り込むことになるという。その時間の堆積が、作品に熱量と深みを与えている。
「コロナ禍の不安の中、偶然目にした一羽の鳥に目が覚める思いがしました。懸命に羽を動かして飛び立つ鳥が、暗闇に照らす小さな光のようで、自分の旅路を示したようにも感じました。自らを鼓舞するように赤や黄色といった強い色を用いて、初めての壁面作品を制作しました」(中田真裕)