【生き方がスタイルになる】ガラスアーティスト ヘロン範子さんの半生。日本文化を身につけた少女はイタリアへ
装いやたたずまい、醸し出すムード。スタイルにはそのひとの生きてきた道、生き様が自ずとあらわれるもの。美しい空気をまとう先輩たちをたずね、その素敵が育まれた軌跡や物語を聞く。今回は「NORIKO HERRON GLASS+ART」を主宰するガラスアーティストのヘロン範子さん。マテリアルが織りなす流動性に美を見出しながら、自らの人生も偶発的な変容を楽しむ。その生き方にフォーカスした。 【写真】ヘロン範子さんのガラス作品
創作の原点は、“不易流行”のマインド
ヘロンさんが生まれ育ったのは、クラシカルかつ瀟洒なカルチャーが交差する神戸。幼少期からさぞかし華やかな西洋文化に囲まれていたのではと問うと、「母が茶道と華道の教授者だったため、少女時代は和の文化に囲まれお稽古づくめ。その反動で、進学を考える頃には海外にばかり目が向いていました」という意外な答え。 服飾系の大学へ進み、デザイナーとして大手アパレルメーカーに就職。次第に大量生産の物作りに疑問を感じ、個の表現を追求するための手段を試行錯誤するなかで、会社を辞めてヨーロッパを三ヶ月かけて巡る。知人の縁でフィレンツェに滞在するなかで、イタリアという国に心を動かされる。 一度帰国してイタリア語の基礎を身につけたうえで、ペルージャ大学へと留学。ファションのトレンドを発信するディレクションを手掛けながら、20代の後半をイタリアで過ごす。その後、日本でアメリカ人のご主人と出会い結婚、仕事を離れてしばらくは育児に集中する時間を過ごす。
家庭に入ったヘロンさんの創作意欲に火が灯ったのは、新居の照明を探していた時のことだ。長く海外で暮らし、街を歩けば感性を刺激するインテリアアイテムに容易に出会えた経験を持つだけに、いざ探すとなると日本で好みのデザインに出会えない。 「“ない”ものは、作ればいい」という思いから、アイアンワークに海外で求めたガラスパーツを組み合わせて、シャンデリアを制作。どこにもないアーティスティックな造形を創り出したことに高揚感を覚え、やがてガラスという素材に惹かれて、まずは吹きガラスのスタジオへ通う。 2008年から「アルティジャーノ」コレクションと称し、シャンデリアや石膏アートを発表。さらに、透明度が高くと硬度に優れたホウケイ酸ガラスの技を習得し、まるでオブジェを纏うようなジュエリーの製作に至ったのは2012年のこと。 「インテリアとファッションの垣根を越えて、ボーダーレスに個人のアイデンティティを託すようなジュエリーが作りたい」と考えたヘロンさんは、ブランド名を自身の名を冠した「NORIKO HERRON GLASS+ART」に改名。イメージをぐっとシャープに研ぎ澄ましたジュエリーを次々とデザインした。