「周りは敵だらけだと思い込んでいた…」38歳早稲田卒の女性が遂に納得の結婚に至れた経緯
そのうちコロナ禍で在宅勤務になった。副業も始めていた恵子さんは思い切って独立開業し、福岡の実家と東京のマンションとの2拠点生活を始める。愛娘が帰ってきたので実家の母親は喜び、年収も1000万円を超えた。 「仕事は忙しくて楽しいし、自由に移動できるしで最高の2年半でした」 結婚したい気持ちはずっとあり、35歳のときにマッチングアプリ2種と結婚相談所を併用して婚活に本腰を入れた。20人以上のお見合い相手を顧客に見立て、仕事のようにエクセル管理。自分と相手の言動と反応を詳細に記録して分析し、最高の相手と結ばれることを目指した。
「でも、あまりうまくいきませんでした。私だけでなく相手にもたくさんの出会いがあるからです。スペックだけで相手を評価して、生理的に無理な人と妥協して付き合ってしまい、すぐに別れたこともあります。やっぱりフィーリングが大事なのだという当たり前のことに気づいて終わりました」 その後、設立した会社も思うようにはいかなくなり、東京での生活を引き払って、福岡での会社員生活に戻った。コロナ禍がほぼ終息した2023年の春のことだ。
「本格的に福岡に住むようになってからはかなり寂しい思いをしました。今の勤務先ではよくしてもらっていますが親しい友人はできず、母とも以前のようにはベッタリできません。年齢的にもとっくに距離を置くべきですし、母の再婚相手からもあまり歓迎されなくなりました。私の趣味は美術館巡りなのですが、福岡には東京ほどは美術館がありません」 久しぶりにマッチングアプリを再開したところ、さらに精神的なダメージを受けた。30代前半のときに東京で婚活をしていたときとは出会える人の種類が「全然違う」ことに直面したからだ。
「メディアやIT業界など、私と属性が近い人と会いたいなと思っていたのですが……。福岡は独身女性のほうが多くて、公務員男性が最上のように扱われています。女性を露骨に見下す人もいて愕然としました」 ■正人さんと出会い、初デート。緊張のあまり… そんなときにマッチングアプリでプロフィールを見かけたのが、県内の福岡からやや離れた自治体で一人暮らしをしている2歳年下の正人さん(仮名)だった。物流会社の現場に近いところで働いているという。恵子さんが「いいね」をつけたのは、何よりも見た目が好みだったからだと明かす。