宮台真司は『サタデー・フィクション』に何を感じたのか? ロウ・イエ監督と考える美学的な生き方
良い社会で人は幸せか?
宮台:本作は宮﨑駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』に似ています。平和で自由な民主国家。人は幸せか。誰も本気で恋をせず、希望に命を賭けない。宮﨑駿は怒っている。『君たちはどう生きるか』の題名は謎掛け。原作は満州事変の1931年に書かれ、全体主義の時代だからこそ民主主義の価値を貫徹せんとする大人がいて、子供を感染させたことを描きます。 今の日本と中国の対比にスライドできます。日本の大学生が言う。日本は民主主義で自由。中国は権威主義で不自由。だから中国は日本より悪い社会。そうか。日本の大学生には悩みを話せる友達がいない。寝ても覚めても想う恋をした経験もない。中国の諺「上に政策あれば下に対策あり」が正しい。よくない社会だから助け合い、知恵や価値を共有しようとする。 現にロウ・イエ監督は、幾度も上映禁止措置を喰らい、一時はフランスで撮っていたこともあるのに、敢えて帰国して名作を連発しておられる。「平和で自由な社会だから、人が幸せになり、素晴らしい表現をする」というのは錯覚。1941年の上海。明日の命さえ保証されないスパイだからこそ主人公が命懸けの恋をした。『二重生活』の主人公とは対照的です(※欄外の「インタビューを終えて」を参照)。 ロウ・イエ:宮台さんの意見を聞いて僕が思ったのは、日本も中国も両方の社会が大きな困惑に直面しているということ。現在の状況は1941年のこの時代とそっくりじゃないですか。『サタデー・フィクション』に出てくる人々は、みんな困惑に直面しているわけです。 宮台:なのに、ユー・ジンやタン・ナーの生き方は、現在の日本人たちとは違って素晴らしい。 ロウ・イエ:社会の道具ではあるのですが。 宮台:だからこそ自身が道具であることに違和感を感じ、ちゃんと生きようと思っている。 ロウ・イエ:ユー・ジンは自分が道具であるという状況に反抗するわけです。反抗して、反抗を試みるんだけど、最終的に失敗してしまうという物語でした。 宮台:道具である自分に抗え。それにはまず他人を道具として扱うな。それで初めて道具である自分に抗える。成功する見込みがあって抗うのではない。むしろ失敗すると分かっていても抗う。それが美学的な生き方だ。現在に適応した日中両国民への激しいメッセージです。以前監督が仰言った通り、体制が違うのに、両国の人々の生活はどんどん近接しています。