【紅白の定番】石川さゆり「天城越え」が愛されるスゴイ理由…ヒントは布袋寅泰の「ひと言」にあり
イントロマエストロとして活躍する著者が、NHK紅白歌合戦に出場する人気歌手や人気曲をピックアップし、「ヒットの理由」を解説します。今回は、2024年大みそか放送の第75回NHK紅白歌合戦に、41年連続47回目の出場が決まった、石川さゆりの代表曲「天城越え」について。「天城越え」が愛され続けるのには理由があるのです。(イントロマエストロ 藤田太郎) 【画像】1980年代のヒット曲「驚きの共通点」 ● 石川さゆりは、アイドルから演歌歌手に転身した 苦労人だった 今は、誰もが認める演歌界の女王として君臨する石川さゆりですが、1973年、15歳の時に「かくれんぼ」でデビューした当時は、アイドル歌手として活動していました。 しかしその頃は、山口百恵、森昌子、桜田淳子の「花の中三トリオ」が人気を集めており、アイドル歌手としての道は決して平坦ではありませんでした。 デビューから2年後、元々強い憧れがあった演歌歌手への転身を決意。歌うことを基礎から学び直し、1977年1月1日に発売した15枚目のシングル「津軽海峡・冬景色」が売上枚数72万枚を記録し、演歌歌手としての地位を確立します。 そしてデビューから13年後の1986年、演歌歌手として人気、実力ともに脂の乗り切った時期に、45枚目のシングルとして「天城越え」を発売します。売上枚数は4万8000枚、シングルチャート最高位は46位と、ヒットと言うには乏しい結果でしたが、第28回日本レコード大賞で金賞を受賞。 第一興商の通信カラオケサービス『DAM』が2018年に発表した、平成の時代に最も歌われたカラオケ楽曲ランキングでは、全楽曲の中で4位、演歌部門で1位という、日本で一番歌われている演歌として親しまれ続けています。 「天城越え」は、なぜ人気曲になったのか。 実は、1980年代にリリースしたヒットソングのイントロ秒数を調査したデータを見ることで、理由が分かります。 レコードの売上枚数だけでは読み取ることはできないその理由とは。