新たな推し活の形に? aikoファンによる“異色のラジオ番組”が界隈で盛り上がるワケ
「aikoのファンが有志で始めた、地上波のラジオがあるらしい」ーーそんな話を聞き、最初は「なんだそれ?」と思っていたのだが、どうやら嘘ではなく、実際に番組はスタートし、一定のaikoファンやそれ以外のリスナーにリーチしているらしい。 【写真】『be master of radio』でパーソナリティを務める芸人のヒロユキ Mc-Ⅱ それがラジオ日本で放送中の“aikoファンがaikoファンとつくるaikoファンに向けた新しいラジオ番組”こと『be master of radio』。パーソナリティを芸人のヒロユキ Mc-Ⅱが務め、構成作家には数々のお笑い番組を担当するセパタクロウ氏が、企画・制作は『audiobook.jp』を運営している株式会社オトバンクが手掛けているという本気っぷりだ。これが一人の個人スポンサーで成り立っているというのも驚きだが、ネットでの配信もされているため、実際にアーカイブを聴いてみると、スポンサーが自らaikoの楽曲をたっぷり解説するメモを残していたりと、その熱量の高さが伺える。そこで今回はスポンサーの垣内勇威氏、構成作家のセパタクロウ氏、株式会社オトバンクの代表取締役を務める久保田裕也氏にインタビュー。この特殊なラジオ番組が生まれた背景や制作の裏話、Podcast・オーディオブックなど次第に様々な世代に浸透している音声コンテンツの現状について、じっくりと話を聞いた。 “好きをただ垂れ流す”実験場として誕生した『ビーマスラジオ』 ーーまずは『be master of radio(以下、ビーマスラジオ)』が誕生した経緯を教えてください。 垣内:久保田さんとはもともと友人で。一緒にお酒を飲んでいたときに「昔からaikoさんのファンで、応援したいんです」と話したら「空いているラジオの枠がある」と教えてもらったんです。たしかにaikoさん自身もラジオが好きですし、その枠でなにか面白いことができるんじゃないかと話が進み、久保田さんが立ち上げてくれました。 ーーかなり実験的な試みですよね。久保田さんとしては、どんな思いで始められたんですか? 久保田:「とにかく〇〇が好き」的なことを、一方的に発信する場があるといいなとずっと考えていました。旧来のネットでは、このアーティストが好き、このゲームが好きといった話が多かったのに、今ではネットがあまりにも普及しすぎて、そういったことが言いづらくなってしまった。全方位に敵を作らないように立ち振る舞わないといけないというか。そんな中で音声コンテンツは、ただ好きを発信する場所として一つの解になり得るんじゃないかなと。一方的に好きなものをただ垂れ流すのは、本来のネットっぽくて楽しいし、新しい推し活の形になったらいいなと思いました。ただネット上のラジオ番組でやるのは簡単ですが、やはりそこは地上波にこだわりました。その方が筋が通っていると考えたのです。 そんな時にかっきー(垣内)が、「aikoさんがめちゃめちゃ好き」と話しているのを聞いて、なにかできそうだと思いました。aikoさん自身もラジオが大好きだし、僕も『aikoのオールナイトニッポン』を初回から聴いているくらい好きだし。世の中にはかっきーみたいに好きを語りたい人がたくさんいそうだから、成立するだろうと思って企画を立てました。 ーー企画はファンコンテンツとしてスタートしつつも、パーソナリティにヒロユキMc-Ⅱさんを立てるなど、プロコンテンツ的な面もありますね。そのバランスはどのように決まったのでしょうか? 垣内:最初は自分で適当に喋ろうと思っていましたが、素人がいきなり話すのも怪しいということで、久保田さんがXでaikoさんに詳しい構成作家のセパさん(セパタクロウ)を見つけてきてくれました。セパさんに番組の相談をしたところ、「さすがに素人が喋るのはやばいですよ」と難色を示されまして。そこでヒロユキさんをご紹介いただくことになったんです。初回の収録でヒロユキさんのあまりに上手な喋りを見て、自分でやらなくてよかったと強く思いました。 ーーセパさんにお声がけした背景をお伺いしてもいいですか? 久保田:番組の立ち上げには作家さんが必要だと考えたときに、すぐにセパさんが浮かびました。ただ直接の面識がないので、他にも何人か候補が上がったんですけど、どう考えてもセパさんしかいないと思い、思い切ってDMしました。 ーーセパさんとしては、ちょっと変わった座組みの番組の依頼が来たわけですが、第一印象はいかがでしたか? セパ:最初に久保田さんからDMをもらった時は「お仕事の話があります」とだけ伝えられていて、aikoさんのことにも触れられてなかったんです。なんだかわからない人から、なんだかわからない依頼が来たなと。ただ久保田さんのことは、ウエストランドさんのYouTubeで”ラジオ好きの人”として見たことがあったので、話を聞いてみようと思いました。 お話を聞いた当初は、垣内さんともう一人の素人の方、しかもaikoさんファンじゃない方が2人で話すと伺いました。ご本人がいないところで、aikoさんについて語る番組ってだけでだいぶ変なのに、さらにファンじゃない人が喋るのは、ちょっと攻めすぎだと感じて。そこでパーソナリティに宮戸さん(ヒロユキ)を立てることを提案しました。彼はaikoさんのファンですし、前にも僕と二人で公式のニコ生をやっていて、喋りはめちゃくちゃ上手いですからね。 ーー第1回の1曲目から「どろぼう」を流すという、攻めた選曲に驚きました。コアファンの方々が一気に心をつかまれるような構成だと思ったのですが、みなさんの中で意図していましたか? セパ:まず各回で1曲にフォーカスした構成にしようと決めていました。過去の人気投票を見ても、一般的な知名度がそんなに高くない曲もランクインしていたし、一つ一つにみんな思い入れがあるから、この構成でいけると思っていました。最初の曲を選ぶにおいては、たとえば有名どころの「カブトムシ」や「花火」も素晴らしい曲ですが、ファンの方が「お!」と興味を惹かれる曲の方がいいと提案し、3人で話し合って「どろぼう」に決まりました。 ーーセパさんからの提案をどのように受け止めましたか? 垣内:個人的には「どろぼう」と「カブトムシ」ではそんなに知名度が変わらないと思っていたので、もっと攻めないのかなと思っていました。でもそもそもaikoさんを応援するのが目的なので、最初からコアなファンの人だけに働きかけても裾野が広がらないから、少し敷居を下げる意味で「どろぼう」なのかなと解釈しました。 セパ:垣内さんは最初、ライブでもやらないような曲がいいとおっしゃっていたので「それはやり過ぎです」とお伝えしました。 垣内:せっかく公共の電波に流すなら、一生聴かないような曲がいいと思ったんですが、言われてみればその通りですね。セパさんは常に冷静です。 セパ:もちろんいずれはやりたいですが、最初はコアすぎず、ライブに行くお客さんはみんな知ってる曲がいいかなと。aikoファンに向けてやっていますが、広くいろんな人に聞いてほしいですし、これをきっかけに好きになる人も現れてほしいですからね。 どうしても覚えてほしいから、同じ曲を2回流す ーー番組開始の告知をした時点で、かなり反響がありましたよね。みなさんにとっては想定の範囲内だったのでしょうか? 垣内:まったく想定外ですね。aikoさんが取り上げてくださったことで、既存ファンに一気に広がりました。 セパ:もう少しひっそり始める予定でした。一応久保田さんがポニーキャニオンさんに確認を取ってはいましたが、積極的な告知などはしないだろうと思っていたら、結構がっつり反応してくれて。aikoさんのウェブラジオ『あじがとレディオ』でも取り上げてくださって、これは気合いを入れないといけないと思いました。 ーー構成にもすごくこだわっていますよね。お便りでの交流や、クイズなどの王道のコーナー、そして同じ曲を2回流すといった挑戦的な試みもバランスよく取り入れられています。構成の組み立てには苦労されたのではないでしょうか? セパ:同じ曲を2回かけるのは、どうしてもやりたかったんです。昔NHK-FMの電気グルーヴの特番で、同じ曲のミックス違いを続けて流していて「こんなことしていいんだ……」と感じたのがずっと頭に残っていて。今回1つの曲をピックアップして取り上げると決まったときに、その曲が一番印象に残る放送にするには、もう1回かけるのが良いと思ったんです。最初は3回かける案もあったんですけど、さすがにくどいかなと。他にどんな曲が流れるかを楽しみにしてもらうためにも、もう1曲は毎回スタッフがセレクトすることとなりました。コーナーはリスナーと一緒に番組を作っている感じにしたくて、「aikoさんの好きなところ」ってタイトルコールを録音して送ってもらうことにしました。ずっと僕らの声で流すよりも、いろんな人の声があった方がいいと思って。 曲に関しては、垣内さんは一曲一曲にすごく思い入れがあるので、毎回“かっきーメモ”を書いていただいています。よく考えるとスポンサーに宿題を出していることになりますが、垣内さんが書きたいと言ってくださるので、お願いしています。 垣内:趣味で書いている勝手な解釈をaikoさんご本人が聞いてるかもしれないと思うと、“どうなのかこれ”と思いつつ、セパさんが書いていいと言ってくれたので甘えています。 セパ:垣内さんはラジオによくある定型文ではなく、自分の言葉で書いてくださってますからね。これがあることによって、リスナー的にも番組への信頼感が高まると僕は思っています。 ーー熱量の高さがメモから伝わってきますよね。“かっきーメモ”は番組にとっても重要なピースだと感じます。普段から曲を存分に聴いてらっしゃるので、頭の中に解釈がすでにあると思うのですが、次の曲が決まったら、それをそのまま取り出すイメージでしょうか? 垣内:そうですね。もちろん思い入れの強い1000回以上聴いた曲と、100回くらい聴いた曲では、粒度が違いますけどね。ただ100回くらい聴いた曲を取り上げることになったとき、改めて歌詞を読み直してみるとすごくいい歌だと気づくことが多々あります。セパさん、いい曲を選んでくるなと。反対に好きすぎる曲だと書く言葉が思いつかないんですよ。この曲にコメントするなんて恐れ多いから黙って聴いてよと思っちゃうので、普段聴いていない曲の方が書きやすいです。 セパ:リスナーのみなさんにとっても、普段あまり注目していない曲を改めて聴くきっかけになったら嬉しいです。 ーー久保田さんはいかがですか? 久保田:曲はもちろんですが、そのあとに紹介するリスナーさんからのメールが、『aikoのオールナイトニッポン』と同じ雰囲気で、収録現場にいながら感激しました。リスナーさんのメールがとにかくいいんですよ。セパさんがいいものを選んでくださってるんですけど。 セパ:『オールナイトニッポン』では後半に恋愛相談のコーナーがありましたよね。 久保田:「生涯の恋人」ですね。 セパ:aikoさんみたいにグッと歩み寄った反応は僕らにはできないので、そこは本家にお任せしつつ。それでもやはり恋愛の曲が多いですから、恋愛系エピソードの紹介はやりたかったんですよね。 ーー昨日でちょうど15回目が更新されましたが、回を重ねるごとにより広く届いている実感はありますか? 久保田:aikoさんご本人やファンの方が言及してくださってることもあって、広がっている感じはあります。番組のハッシュタグがついている投稿には全部“いいね”するようにしていて、それを見てると特に思いますね。 ーー垣内さんはいかがですか? 垣内:改めてaikoファンの多さや、ラジオとXの相性の良さを感じますね。こんなにXにコメントが溢れるのも、やはりマスメディアだからなんですよね。面白い事例だなと思っています。あとは新規の方から「この曲初めて聴きました!」といったコメントが届くと、すごく嬉しいです。曲の魅力を伝えることこそ、僕らが元々やりたかったことですから。 ーーセパさんはどうでしょうか? セパ:僕が構成作家として携わっている他の番組のリスナーが『ビーマスラジオ』にメールをくださったり、逆に他の番組宛てのメールに「ビーマスラジオ面白いです」と書いてくださったりする方もいます。それぐらいいろんなところに広がっていると感じます。 ーー既存の楽曲に改めてフォーカスすることは、公式やファン同士でのコミュニケーションでは難しい中、番組として地上波で届けられることで、自然に新しく知るきっかけになりますね。自発的にファンが番組を聴いて発信するのも、地上波ならではだと感じました。 久保田:それもあって、どうしても地上波でやりたかったんですよね。 ーーこういう現象が起こることは、あらかじめ予想されていたのでしょうか? 久保田:そうですね。いろんなことを気にせずに好きなものをただ空に向かって言う場所ができることで、緩やかな連帯が作れるんじゃないかなと思っていました。あとは単純に自分がラジオ好きなので、今後のメディアの可能性を示すというか、ひとつのアンサーにしたいと思っていて、『ビーマスラジオ』がきちんと形になったことはすごく嬉しいです。かっきー、セパさん、ヒロユキさんのおかげです。 “狂気”で支援を得る『ビーマスラジオ』、そしてファンコンテンツの今後の“勝ち筋” ーー今後『ビーマスラジオ』をどんな風に育てていきたいですか? 垣内:当初の想定以上にみなさんに期待していただいていて、セパさん、ヒロユキさんのモチベーションも高く、聴いてくださっている方も盛り上がっているので、できるだけ長く続けていきたいです。ネタは無限にあるので、できると思います。ただ僕個人のお金だと多分続かなくなっちゃうので、オトバンクさんが今後どうビジネスとして成立させるのかに期待しています。 久保田:『ビーマスラジオ』としては、これからもaikoさんの魅力をいろんな形で伝えていく番組を目指します。若い子にとっても改めて知るきっかけになったらいいなと思っていて、たとえば彼らが生まれた1990年代~2000年初頭の楽曲にも素晴らしいものがたくさんあるので、紹介していきたいですね。それでライブに行ったり、グッズを買ったりするファンが増えることで、aikoさんの活動にプラスになり続けるといいなと勝手に思っています。 ビジネス的な話をすると、個人的に勝算はあると思っています。ただやっぱり振り切らないといけないですね。既存のラジオ局のコンテンツは基本的にマネタイズを前提としているわけですが、ファンコンテンツである『ビーマスラジオ』が収益化を目指すならば、振り切った企画をして、そこに乗ってくれるパートナーを増やしていくのが勝ち筋だと考えています。一言で言うと“狂気”ですね。世の中がどんどん便利になって最適化していくので、反対に歪んでいるものや、理屈的に意味がわからないものに人は興味関心を持つようになると思うんです。作り手がきちんと作ったものはリスナーにしっかり伝わるので、とにかくおもしろいものを作り、共感してもらって、ビジネスとして成立させていきたいです。 セパ:イベントもやりたいですし、ゲストを呼ぶ話もありますが、やはり1番は長く続けていくことですね。もう少し単純なことで言うと、いま録らせてもらってるオトバンクさんのスタジオの設備だとできない企画があるので、長く続けていたらいろいろ環境の変化があるかもしれないなと期待しています。そのためにも、今は作っているものを大事にして、リスナーとaikoさんを裏切らないようにしたいです。 (構成=堀口佐知)
中村拓海