重要論文G7最下位…九大 藤木幸夫氏が警告「日本からノーベル賞は出なくなる」の真意
日本の科学研究は危機的状況に陥っている。引用率トップ10%に入る重要論文数はG7の中で最下位、世界12位にまで落ちてしまっている。こうした状況に対し、オルガネラの1つであるペルオキシソームの研究で世界的に高く評価されている九州大学の特別主幹教授・名誉教授 藤木 幸夫氏は「ノーベル賞受賞者がずっと輩出されてきた状況は、現状のままでは厳しくなる」と警鐘を鳴らす。そこで今回、藤木氏に、日本の基礎科学が置かれている現状と課題などについて語ってもらった。 【詳細な図や写真】PEX2遺伝子の305個のアミノ酸配列を作るための設計図のうち、119番目のアミノ酸(アルギニン)を作る部分に変異が入り、そこでPex2タンパク質の合成が止まってしまう。その結果、ペルオキシソームを作れなくなる(左の図)。患者の両親は、2本の対立遺伝子中にこの変異をそれぞれ片方の1本のみに持っているが病気の症状はない。このことから、この病気は「劣性遺伝病」であることが分かる(右の図)(出典:藤木氏提供)
なぜ、藤木氏の研究は世界に勝てた?
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)藤木さんは、ペルオキシソーム形成に必須であるペルオキシン遺伝子(PEX2)、そしてペルオキシソーム欠損症の発症メカニズムを世界に先駆けて解明されました。世界に勝てたポイントは何だったのでしょうか。 藤木 幸夫氏(以下、藤木氏):1つはペルオキシソームの形成・構築と、ペルオキシソーム欠損症の両方のメカニズムを研究するために、当時主流だった酵母を使うのではなく、哺乳動物(ハムスター)の細胞を使って遺伝子を探ったことです。これが世界との差別化となりました。 酵母を使ったほうがずっと簡単ですし、お金もかからないので、当時は「なぜ、その手法を使うのか」といぶかしがられたものです。しかし、病気の原因を突き止めることも重要だったので、哺乳類の細胞を使うのが正攻法かつ最善だと考えました。 遺伝子を細胞に導入するための効率の良いツール(ベクター)を見つけるのに苦労しましたが、何とか適切なベクターを探し出せたことも、PEX2をはじめその後の多くのペルオキシン遺伝子(PEX)の発見につながりました。
興味・関心から研究を始める「若い研究者が減っている」
──長い研究生活で特に意識されていたこと、大切にされていたことは何でしょうか。 藤木氏:2016年に大隅良典さんがノーベル生理学・医学賞を受賞されたのを記念して、2017年9月に九州大学で「7人の侍」というタイトルの講演会を開催しました。独創的な発想や研究をテーマにした科学に関心のある市民や高校生、大学生に向けた講演会で、そこでも話をしたのですが、言い続けていることは「知的好奇心あるいは興味や疑問に基づいた研究が最も重要」ということです。 つまり、自分の興味に基づく問いかけを大切にし、夢を持つことです。私は、学生時代、タンパク質化学が隆盛で、酵素の構造と機能が解明されている時代でした。そこで、生物を化学という虫眼鏡で観る面白さに惹かれ、「タンパク質の研究がしたい」と思いました。 その後、ロックフェラー大学で、タンパク質の機能やライフサイクルのダイナミックさを知り、「生合成後のタンパク質の運命を明らかにしたい」という夢を持ちました。細胞内で合成されたタンパク質が、正しい場所に配置され、正しく機能し正しく分解されなければ、生物は生きられないからです。 たしかに目的思考の研究も大切です。たとえば、最近は若い研究者が「役に立つ研究をしたい」と言うのをよく聞きます。それはそれで立派なことですが、一方で自分自身の純粋な好奇心・興味に基づく研究をしたいという若い研究者が減っているのではないでしょうか。 ──最近は「この研究をやって何の役に立つのですか」と質問する学生も多いようですが、こういう学生には、何を伝えないといけないのでしょうか。 役に立つことが分かっているということは、それはすでに分かっていることの応用です。たとえば大隅さんが解き明かしたオートファジーは、今やがん治療やアンチエージングなどの応用へと広がっています。しかし大隅さんは、ガンを直したかったわけではない。「タンパク質はどのように分解されるのか」知りたかったのです。 このような純粋な好奇心に基づく探究無しに、人類の知の地平を広げることはできません。応用の可能性を広げることもできない。ですから、日本社会が好奇心に基づく純粋な基礎科学を容認し、応援する文化を持つことが重要だと思います。