岡本太郎の幻の作品から、ジャスパー・モリソンの公衆トイレまで、見るべき──前橋のアートスポットを巡る(後編)
今、群馬県・前橋市はアートの街になった。ギャラリーから作品まで、訪れるべきアートスポットを紹介する。 【写真を見る】前橋がアートファンにとって熱い理由
ローカルとグローバルの交差点としての美術館
閉館された西武デパート別館をリノベーションし、2013年にオープンした前橋市の市立美術館「アーツ前橋」。群馬県にゆかりのある作家の作品をコレクションしながら、グローバルな視点で今の現代アートも紹介しており、12月24日までは、現代アートのシーンでも注目されている東南アジアの作家たちを紹介する「リキッドスケープ 東南アジアの今を見る」が開催中だ。 また、いわゆるコミッションワークも多い。デパートの面影を残す屋上看板部分に設置されているのは、廣瀬智央の《空のプロジェクト: 遠い空、近い空》。看板の四方を空の写真で覆ったこの作品は、ミラノ在住の廣瀬が、前橋にある母子生活施設の子どもたちと、お互いの空の写真を交換しあった「空の交換日記」から生まれたものだ。前橋の街中の至るところから、この作品を目することができる。 ■アーツ前橋 住:群馬県前橋市千代田町5-1-16 TEL:027-230-1144 開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館時間の30分前まで 休:水 https://www.artsmaebashi.jp ■眠っていた岡本太郎の幻の作品 前橋市内を流れる広瀬川の河畔緑地に設置されている岡本太郎の《太陽の鐘》。大阪万博公園にある岡本太郎の代名詞《太陽の塔》を彷彿するこの作品には1966年の刻印があり、設置されていたレジャー施設の閉鎖後、同社の倉庫にずっと眠っていた幻の作品でもあった。 周辺のランドスケープは、「白井屋ホテル」の建築を手掛けた藤本壮介が担当。周辺には多様な種類の植物を植え、原生林の中に《太陽の鐘》が眠っているようにこの作品を設置した。 以降、前橋市のパブリックアートとして親しまれているこの作品は、実際に音を鳴らすことができる。ただ、その鐘突き棒は24mほどの長さ。だから、鐘の音を鳴らすためには、市民が力を合わせなくてはいけない、というのも面白い。これまで街にその音が響き渡るのは、第2次世界大戦中、前橋が空襲に襲われた日や12月31日の除夜だったが、もっと鐘を鳴らす機会を増やす動きもある。市民が忘れてはいけない記憶を呼び起こし、新しくやってくる月日をその音は告げる。 ■岡本太郎の《太陽の鐘》 住:群馬県前橋市千代田町5丁目(広瀬川河畔緑地) ■日本を代表するアートギャラリーが結集 「白井屋ホテル」から徒歩数分のところに、2023年5月に完成した「まえばしガレリア」。1階はアートギャラリーとフレンチレストラン、2階から4階は住居スペースとなった複合施設だ。 ギャラリースペースは2つ。ひとつはタカ・イシイギャラリーが入居し、もうひとつは小山登美夫ギャラリーとMAKI Gallery、アート・オフィス・シオバラ、rin art associationの4つのギャラリーがスペースをシェアする。すべて日本を代表するギャラリーであり、それぞれ前橋独自のエキシビションを開いている。 ギャラリースペースの通りに面した部分がガラス張りになっているのも特徴だ。展覧会ごとに作品が変わるその風景は、通りからも眺めることができ、また街の彩りにもなっている。 ■まえばしガレリア 住:群馬県前橋市千代田町5-9-1 https://www.towndevelop.jp/ ■デザインやファッションをフォーカスした新スペース 群馬県高崎市にギャラリーを設け、「まえばしガレリア」にスペースをシェアしているrin art association。その新しいスペースがこの9月にオープンした。ここでは、アートギャラリーの視点で、アートに加えて、世界のプロダクトやファッションなどを見せていくという。 12月29日まで、板坂諭のデザインレーベル「h220430」の個展「Fairy Tale」が開催中。その代表作である、風船に吊るされ浮かんでいるようなベンチ「Balloon Bench」、そしてキノコ雲をモチーフにしたランプ2点を展示している。 また、同時開催中の「wardrobe」展も必見だ。マルタン・マルジェラがデザインを手掛けていた時代のエルメスのビンテージなど、アートシーンにも影響を与えたデザイナーたちの衣服を展示、販売している。 ■Shop rin art association 住:群馬県前橋市千代田町4-11-22 TEL:027-289-9826 https://shoprinartassociation.com ■ジャスパー・モリソンがデザインした公衆トイレ 「白井屋ホテル」のゲストルームのひとつを手がけたジャスパー・モリソン。彼がデザインを手がけた公衆トイレが今年、完成した。場所は馬場川通り遊歩道。白井屋ホテルに面したストリート。そばに小川が流れる市民の憩いの通りでもある。 トイレは、ジャスパー・モリソンが提唱する「スーパーノーマル(普通を超える普通)」という表現哲学が反映された、普遍的で街にしっかり馴染むデザインが特徴だ。室内は白いタイル張り。モリソンがデザインしたライトも設置されている。 ローカルアーキテクトとして、建築家の高濱史子も設計に関わった。2つのトイレと倉庫の間に設けられた広めのポーチは、通りゆく人の雨宿りの場所になることも想定されているという。夜になるとトイレ自体がライトアップされ、街を暖かく照らす灯となる。 ■馬場川パブリックトイレ 住:群馬県前橋市本町2丁目 馬場川通り遊歩道
文・松本雅延 編集・石田潤(GQ)