菅田将暉の何が凄いのか?黒沢清監督が驚いた二つのシーン
黒沢監督が特に目を奪われたのが、冒頭のシーン。吉井が安く買いたたいた大量の医療機器をネットで転売し、その売れ行きを見守るというシチュエーションだ。
「吉井が大量に買い占めた医療機器が完売するのをじっと見ている。素晴らしいと思いましたね。全部売れたわけですから“やった!”とあからさまに喜ぶ芝居もできなくはないんです。でも吉井は喜びつつも半分は“この先は大丈夫なんだろうか”という不安がある。とりあえず売れた、目の前の目標は達したけど、この先どうしようっていう微妙な心境みたいなものが手に取るように伝わってくるというか。普通の人ってまさにこんな感じだと思うんです。すごくいいことがあっても、手放しで喜べない微妙なニュアンスを全て含んだ菅田さんのあの表情は見事だなと思いました」
ちなみに、菅田はシネマトゥデイのインタビューで「これまでに経験したことがない」演出として同シーンを挙げていたが、黒沢監督が菅田に伝えたのは「PCから3メートルぐらい離れてほしい」という指示だったという。
「“一通りの操作をした後は少し離れて見守る”ぐらいのイメージは持っていましたが、それがどういう芝居になるのかは想像していませんでしたし、菅田さんに(商品が完売した時に)どういうリアクションをとるのかということは伝えていません。吉井の目はPCに集中しているのですが、売り時とか買い時とか、冷静な判断を要求される状況下で、あまりのめり込むと多分冷静さを見失ってしまう。ですから、一通り転売の操作をし終えたら一旦PCから離れて、少し客観的に冷静になって観察するというプランを考えていましたが、菅田さんのおかげで冒頭から極めて印象的な吉井らしさが表現できたと思います」
もう一つ、黒沢監督が全く指示をしていないにもかかわらず菅田に舌を巻いたというのが、恋人・秋子(古川琴音)とのシーン。「ネタバレになるので詳細は伏せますが、吉井が死闘を潜り抜けたあとに秋子が現れ、“秋子、良かった”とつぶやく。なんとも哀れというか、間抜けといえば間抜けとも言えるんですが、あの最後の吉井の無防備な表情は感動的です」
「いいよ」一つでさまざまな感情を表す菅田。本作は第97回米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に選出されたことでも注目を浴びているが、菅田の真骨頂ともいえる名演が詰まっている。(編集部・石井百合子)