名作ぞろいの平成ドラマ、最高傑作は? 本当に面白い作品(5)すべてが奇跡的…社会現象を巻き起こした実話モノ
「降る雪や 明治は遠くなりにけり」ー。俳人の中村草田男は、昭和6年にこの句を詠んだ。令和6年となる今年、改めて過去の時代を振り返るならば、さしずめ「ポケベルや 平成は遠くなりにけり」(字余り)といったところだろう。今回は、平成を代表するドラマ5本をセレクト。普遍的な面白さを誇るラインナップを紹介する。第5回。(文・司馬宙)
『電車男』(2005)
原作:中野独人『電車男』 脚本:宮藤官九郎 演出:堤幸彦、伊佐野英樹、金子文紀 出演:伊東美咲、伊藤淳史、須藤理彩、佐藤江梨子、速水もこみち、豊原功補、白石美帆、堀北真希、佐藤二朗、小栗旬 【作品内容】 都内の人材派遣会社に勤務する山田剛司は、心優しいごく普通の青年。しかし、彼は「年齢いない歴=年齢」の童貞で、アニメやマンガを愛するいわゆる「オタク」だった。 ある日山田は、電車内で若く美しい女性・青山沙織が酔っ払いに絡まれている様子を目撃する。コミュ障の山田は、勇気を振り絞って彼女を助けようとするが…。 【注目ポイント】 チェック柄のシャツに真っ赤なバンダナ、そして大きなリュック―。かつてオタクは、かつてそんな「ダサい」「キモい」イメージで語られることが多かった。 このオタクのイメージに最も影響を与えたのが、1989年に発覚した東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件だろう。女児を狙ったこの残虐な事件では、犯人の宮﨑勤が漫画やアニメの愛好家だったことから、オタクが「反社会的な存在」として語られるようになってしまった。 そして、これに拍車をかけたのが、おたく評論家の宅八郎の存在だ。宅は、1991年にワンレングスの長髪に銀縁眼鏡、手にはアイドルのフィギュアといった出で立ちで、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)や『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ系)に出演。戯画的なオタクのイメージを世間に植え付けた。 しかし、2000年代初頭、そんなオタクのイメージを一新する作品が登場する。それが『電車男』だ。 2004年3月14日。インターネットの電子掲示板「2ちゃんねる」の独身男性板(通称毒男板)に、とある書き込みが投稿される。それは、電車の中で酔っ払いに絡まれた女性を助けてお礼を言われた、というものだった。 さらに数日後、その男性は、助けたお礼に女性からエルメスのティーカップを贈られたという書き込みを投稿。スレッドは一気に盛り上がる。このスレッド発話者は、それ以降、自らを「電車男」、相手の女性を「エルメス」と呼ぶようになる。 その後、「彼女いない歴=年齢」を自称する「電車男」は、「エルメス」をものにするための相談を2カ月間にわたって投稿。スレ住民たちも電車男を応援し、ついに5月9日、「電車男」の恋愛が成就した書き込みがなされる。 オタクとお嬢様との純愛物語を描いた本スレッドは、同年10月に単行本化され、1年足らずで100万部を突破。漫画化や映画化もされ、ドラマでは、「電車男」を伊藤淳史、「エルメス」を伊東美咲が演じた(映画版は山田孝之と中谷美紀)。 ドラマ版の見どころは、電車男の恋を応援するスレ住民たちのキャラクターだろう。本作では、ほぼスレッドの内容だけで完結している原作を膨らませるために、「電車男」を応援するスレ住民たちの人生が大きく脚色されている。脚色の是非はさておき、フィクションとして成立させるには、この手法が正解だろう。 そして忘れてはならないのが、サンボマスターが歌う主題歌「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」だ。作品世界を包み込む愛の叫びは、放送から20年近くを経た今も、非モテ男性への応援歌として日本ロック史にその名を残している。 モニターの前で、主人公たちの恋を応援するオタクたち。その姿には、SNS誕生以前の古き良きインターネットの香りが存分に感じられる。 (文・司馬宙)
司馬宙