【今週はこれを読め! SF編】アイデアストーリーから抒情的な作品まで~劉慈欣『時間移民 劉慈欣短篇集II』
超弩級シリーズ《三体》で、世界のSFシーンにその名をとどろかせた劉慈欣だが、短篇もなかなか面白い。本書は『円』につづく、早川書房からの日本オリジナル短篇集の二冊目で、作家活動初期の作品を中心に、全十三篇を収録する。 表題作「時間移民」は、過密になった人口対策のために、冷凍睡眠を用いて大人数が未来へと移民をする。期間をおいて先遣隊やリーダーが目覚め、暮らしやすい世界になっていたら、そこに住みつこうという計画だ。目覚めるたびに、予想外の事態が待ちうけている。戸惑いや落胆、そして先の時代へ......。古典的なスタイルのアイデア・ストーリー。こういう作品をたまに読むと、ホッとする。 「思索者」では、研修医になったばかりの青年が、応急処置のために訪れた天文台で、天文学者の娘と出逢う。娘が研究しているのは、太陽のシンチレーション(変動する瞬き)で、その話を青年に聞かせる。一期一会の邂逅のように思われた。しかし、ふたりは十年後、偶然、同じ天文台で再会する。ふたりのやりとりのなかシンチレーションについての新発見が生まれ、その発見を裏づけるための観測と、それにともなう青年と娘との連絡が長期間(ただし断続的に)つづいていく。壮大な宇宙ヴィジョンと淡い情緒とが溶けあう一篇。小松左京ばりのロマンチシズムが横溢する。 「夢の海」は、突然、地球の空にエイリアンが出現し、「わたしは低温アーティストだ!」と名乗りをあげる。エイリアンは、地球の海から吸いあげた水分を素材に、驚天動地の天体アートをつくりあげてしまう。芸術は氷結だ! なんという芸術至上主義だろう。そのため地球環境は大ダメージ、世界各国は大騒ぎに。このユーモア感覚も、どこか小松左京を思わせる。 「歓喜の歌」にも、いきなり名乗りをあげるエイリアンが登場する。こちらは「わたしは音楽家です」という声が、地球の空全体に鳴り響く。彼の楽器は恒星だった。これから、みなさんに、太陽の試し弾きを聞かせてさしあげよう。このエイリアンも芸術至上主義だが、低温アーティストのように迷惑な存在ではない。爽やかな余韻の一篇。 いきなり名乗りをあげるエイリアンは、「共存できない二つの祝日」にも出てくる。1961年のソ連の宇宙基地で、ボストーク1号の打ちあげが成功。そのとき、設計主任にひとりの労働者が声をかけ、「わたしは宇宙人なんです」と告白する。彼は地球にとって重要な祝日を探しているのだという。SF寓話とでもいう趣の小品。この宇宙人は、時を経て、別の場所にあらわれ、そこでも祝日探しがなされる。タイトルどおりに、ふたつのエピソードが対照される構成だ。 巻末に収録の「フィールズ・オブ・ゴールド」は、2018年に発表された劉慈欣の現時点での最新作。人体を冬眠させる薬を発明したメーカーは、これを恒星間航行に用いることをめざしていた。この民間宇宙開発計画の手はじめとして、月を周回して地球に帰還する宇宙船〈フィールズ・オブ・ゴールド〉が打ちあげられる。たったひとりのパイロットは、メーカー社主の娘、二十歳のアリス・ミラーだ。あろうことか、打ち上げ後にトラブルが発生。宇宙船は延々と慣性飛行をつづけるはめになる。世界中がVRネットを通じ、遠ざかる〈フィールズ・オブ・ゴールド〉を見守っていた。船には冬眠薬が積まれており、これによってパイロットの長期間の生存はみこまれる。しかし、太陽系に出る前に、新しい宇宙船を打ちあげ、加速して追いつき救助しなければ、アリスは永遠に失われてしまう。しっとりとした抒情の一篇。 (牧眞司)