気象データは「宝の山」か(下) 民間活用拡大へ気象庁も積極姿勢
民業圧迫の懸念
こうした声に気象庁としてどこまで対応できるのか、また、どこまで対応するべきなのかは、非常にデリケートな問題だ。安易に民間の気象情報会社の仕事の領域に手を出せば、「民業圧迫」の批判を受けることにもつながりかねないためだ。今後、民間との対話を積極的に進めていく必要がありそうだ。 こうした中、気象庁の姿勢を知るうえで役に立ちそうなイベントが2月28日に開かれる。主催はマッチングフェアと同様のWXBCで、会場は一橋大学一橋講堂(東京都千代田区)。そこでは、今年1年の成果発表、事例紹介のほか、今後の展望に関するトークセッションも行われる予定だ。 「THE PAGE」はイベントを前に、トークセッションにも登壇する橋田俊彦・気象庁長官にインタビューする機会を得た。なぜ今、このような取り組みを行う必要があるのか。そして、この取り組みは気象庁にとってどのような意味を持つのか、などについて話を聞いた。
■橋田俊彦・気象庁長官インタビュー
──気象庁が「気象ビジネス市場の創出」に取り組むと聞いた時、国の大きな方針があるので「仕方なく」取り組むのではないかと思ったのですが。 「お付き合いでやるのではないか」と? なるほど。でも、そうではありません。国全体として、人口減少、少子高齢化といった背景がある中、各産業分野の生産性を上げていかなければならない。そして、「政府の一員としてなにかやることがあるのでは」と考えるのは、とても素直な感覚です。では、これまで気象庁としては何かやってきたか、と考えると、いろいろやってはいたんです。1993年に気象業務法を改正し、気象予報士制度をつくったり、予報業務許可の基準を緩和したり。いろいろ民間でできることをやってはきたんですが、いまひとつ広がりがない。気象データというのは、社会全体で使ってもらえるポテンシャルがあるのに浸透しないという印象を20年ぐらいもっていました。 ――各データを分析に活用している企業の割合を示した情報通信白書では、気象データは1.3%という数字でした。 「民でできることは民でやってください」という大前提の下、気象庁としては、防災を中心とした情報提供を行ったり、あるいはそれに必要なインフラを整備したり、予測のデータを作っていくということをしてきました。そして、そうやってつくったデータは利用してくださいという姿勢だったのですが、その結果が1.3%という数字。みなさんに、データの有用性を知ってもらえていないんだということを思い知らされました。そこで、まずは、データの有用性を知ってもらい、使ってみようという環境を作り上げようということで立ち上げたのが気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)で、気象庁はその事務局を務めることが当面の施策のひとつだと考えました。 ――気象データの有用性やポテンシャルとは、どのようなものだと考えますか? 例えば、モノを製造して、流通して、お客さんの手に届けるという一連の流れの中で気象のデータを使えば、無駄をなくし、損害や機会を逸したりすることを少なくするということができるかもしれない。また、儲ける儲けないにかかわらず、効率化によって時間を生み出すことができるかもしれない。気象データは、それぞれの産業分野がさまざまなデータを使って生産性を上げていこうとした時に、いの一番に使ってもらえるデータの一つだと思っています。 ――なんとなくうまく使えれば便利かもしれない、と考えたとしても、これまでは使い方がわからなかったりした部分もある。 はい。あるいは、お金がたくさんかかるのではないか、などと思っている人もいるかと思います。そういう意味で、気象データを利用するための「心の障壁」「知識の障壁」「経済的な障壁」といったものを下げる工夫をしていく必要があるのではないかと。もちろん、民間の気象事業者の方々は一生懸命やられているわけですけど、「民でできることは民に任す」という前提があるにしても、行政として利用しやすい環境づくりをしていく必要はあるのだろうなと思います。 ――WXBCの事務局として、やらなければいけないと考えていることは何ですか? 人材を育成したり、マッチングの場を作ったり。そして、気象データを活用することで新しいビジネスのやり方が生まれましたよ、という事例を見つけ出して広く知らせることが大切だと考えています。もちろん、企業にとってこの部分は秘密にしておきたい、というようなことはあるでしょうから、そこは十分に配慮しながらも、実際に気象データを使ってどんなことができるのか、という成功例を着実に作って見せていきたいと考えています。 ――民間との対話が必要不可欠だと思いますが、データや自然現象を相手にしてきた気象庁職員のこれまでの仕事から考えると、ちょっと遠い分野の業務のような気もしますが。 おっしゃるとおりかもしれません。官民それぞれに役割はあるものの、私たちの作成・提供した気象情報がどのように利用されているか、民間との距離があり気象庁側の関心が弱い部分もあるように感じます。少し話は逸れるかもしれませんが、気象庁が取り組みを進めている地域防災についても同じようなことが言えます。従来は情報や警報を的確に発表することが仕事の中心であったのですが、近年は一歩も二歩も踏み込んで、気象台長と自治体の首長との間でホットラインをしたり、日ごろからの付き合いが大事だから気象台の職員も外に出ていく。情報を発表するだけではなく、伝わらなければ意味がない、理解され活用されるようにしていこうと気象庁の職員のマインドを変えていっている。気象庁としての関わり度合いに差はあっても、地域防災も気象ビジネス推進もワークスタイルとしての根っこの部分は同様だと思います。 ――気象庁が持っているデータや知見、ノウハウなどをどのように防災に役立てるのか、あるいは生活を豊かにしてもらうために使うのか、そういった方向性が違うだけということでしょうか。 そうなんです。行政機関としての気象庁の成熟度を高めていくプロセスだと考えています。観測し、予測し、情報を出すというだけではなく、防災、産業、交通安全など社会に寄与していくために、民間でできることは大いにやっていただくことを前提として、国として何をしなければいけないかということを考えるプロセスだと。 ――そして、職員が外に出ていくことでできることがあるのではないか、と。 あると思います。もちろん、気象データを使って生産性を上げる主体は事業者であり、そのサポートやコンサルの主体も民間事業者が担うこととなるのですが、気象庁の職員も関係する人と対話を進めることで、行政としてサポートできることはあるのではないかと。そういう思いに駆られて気象ビジネスの支援に取り組んでいます。 ――具体的な目標というのはありますか? 気象庁の任務は「気象業務を健全に発達させること」なんですね。産業分野で気象データが幅広く利用される姿の具体的な目標として、例えば民間気象事業者の売上増のようなところは一つの指標で、また、気象データを活用して各産業分野において事業を効率化したり、拡大したりすることも可能で、それらも発達度を見る指標にはなると思うのですが、そのような指標の正確な把握の難しさもさることながら、固定的な方針のように設定するのは危ない感じもします。時代や産業の構造・形態などがどんどんと変化するなかで、気象業務の健全な発達という視点からは、何が正解かというのはなかなか難しいところではありますし、その都度確認していく必要もあります。当面は、気象データの活用の事例を積み上げ・紹介していくことが重要で、そして、利活用に必要な技術的支援や利用環境を整えていくといった活動が主体となるのではないでしょうか。 ――具体的な目標がないということですが、気象庁として、こうした取り組みを進めることで得られるものはありますか? 民間と対話を進めることで、新たな技術開発などにもつながると考えています。民間から「こういうようなことはできないか」ということに応えていく、あるいは産学官連携で技術力を高めていくことで、気象庁の能力も上がり、気象データを利用する民間事業者が増える、さらに新しい要望を受け、予測精度の向上などを図る。このようないい循環が生まれていければ、と思います。 ――そうした技術開発は当然、気象庁の大事な役割である防災にも役立つことになる。 それも含めたいい循環です。気象庁がどのように国民のために仕事をしていけばいいのか。その戦略を考えた時に、気象データの民間活用を推進する取り組みは、私たちにとって重要であり、フィードバックを受ける機会を得られるという意味でもありがたいパーツなのです。そのようなワークスタイルは防災の取り組みにも役立ちます。私たちはこれまで気象の情報やデータそのものに価値があると思い、ユーザーをイメージしてこのような情報を提供すれば世の中にとってプラスだろう、と考えて仕事をしていたところがあります。でも、実際は、現場で利用者のことを知り、気象の情報・データや知見を持って現場に適応したサービスをする、そのような取り組みができる組織になることが重要で、それによって地域の防災力向上にも寄与できるものと考えています。