日本国民に知られないように交わされた硫黄島「核密約」の具体的な中身
根拠の一つは「シエナ文書」
これらの発言を読む限り、ジョンソン大使が有事の際に核を持ち込むことを認めてほしいと望んだのに対して、三木外相は直接的に「認める」とは発言していない。なのに、なぜこれが持ち込みを認めた密約であると研究者は見ているのか。 その根拠として挙げられているのは、主に二つある。その一つは「シエナ文書」だ。 シエナ文書とは、1968年8月26日付のシエナ陸軍副次官の部内メモのことだ。 ロバート・D・エルドリッヂ著『硫黄島と小笠原をめぐる日米関係』によると、これには、小笠原議事録についてこんなことが書かれていた。 〈我々は、機密のやりとり(classified exchange)で、米国は有事の核作戦(nuclear operations)のために小笠原を使用する必要があった場合、日本の了解に期待する(we expected that the Japanese would understand)と表明した。日本側はその立場を了承(acknowledged)することで、「同意(agree)」を免れたのだ〉 密約研究の父と言われる新原昭治氏の解釈は著書『「核兵器使用計画」を読み解く アメリカ新核戦略と日本』(新日本出版社)に記されている。 〈(シエナは)この密約がかわされた結果、日本側は「危機のさいにあらためて〔アメリカ側に〕核貯蔵への同意を与えなくてもすむようになった」と言い切っている。つまり、日本政府は小笠原核密約によって、事前に「有事」の核兵器配備を一括承認してしまったと断じているのである。これが恐らく、小笠原核密約についてのアメリカ側の公式解釈であろう。そう解釈されるようなルーズな密約を結んだということにほかならない〉
酒井 聡平(北海道新聞記者)